羽生善治九段vs.渡辺明名人 1年ぶりのビッグカード


第70回NHK杯3回戦第1局は、羽生善治(はぶ・よしはる)九段と渡辺明(わたなべ・あきら)名人による注目の対決となった。渡辺名人と四段昇進同期の飯島栄治七段の観戦記から、序盤の展開を紹介する。
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言葉の重み
私がこの観戦記を書けるというのは本当に奇跡のような話である。定刻前に控え室に入ると両対局者は瞑想(めいそう)しており、ピリピリとした雰囲気を感じた。
何度も大舞台でぶつかってきた両者は意外なことに1年ぶりの対戦。戦績も羽生40勝、渡辺の38勝と拮抗(きっこう)している。
今回が第70回の節目ということで『将棋フォーカス』の取材陣もいて、人がいつもより多い。恒例の戦前インタビューで渡辺は「(羽生九段との) NHK杯戦は大きいところで負けていて嫌な思い出があるので借りを返せるように頑張りたい」と語った。決勝戦は1勝1敗だが、負けたときの印象が強いのだ。
一方の羽生九段は「時間が限られているので、決断よく指していきたい。」と静かに語った。内容が違うが、両者のインタビューには言葉の重みがある。
振り駒は渡辺名人の振り歩先で、と金が4枚。羽生九段の先手番となった。
戦型は矢倉に進んだ。やはりこういった重量級の対戦では総力戦の矢倉が見たくなる。
駒は淡々と進んでいく。レールに沿って何のよどみもなく。
名人に香を落とす
渡辺名人と私は四段昇段が同期。三段リーグでは最終日の第1局を直接対決で争った。他者の結果によるが、最終日に対戦した2人が共に四段昇段はかなり珍しいケースといえる。
後日の記者会見では新四段の質問は渡辺さんに集中。今思えば当たり前のことだが、当時の私は負けるものかと奮起した。初年度は27勝して、渡辺さんの勝ち星と勝率を超えた。しかし2年目に私は沈没。才能と努力の差を感じたが、頑張れたのは渡辺さんのおかげだ。渡辺名人と四段昇段同期というのが今の私には誇りとなっている。
渡辺名人とはプロになりたてのころに研究会をご一緒していた。免許を取り立てだった私の運転で、渡辺さんと奥様の伊奈めぐみさんを誘ってお台場にドライブに行ったこともある。
渡辺さんが「飯島さんの運転で車に乗るの怖いなー」と言っていたのが懐かしい。
もう一つ自慢がある。当時私は奨励会1級、渡辺名人が奨励会2級で対戦したときに、私が香を落として指しているのだ。
升田幸三実力制第四代名人の言葉を借りると「名人に香を落として勝つ」という有名な言葉がある。結果は升田先生のようには勝てなかったが、のちに名人になる渡辺2級に香を落として対局できたのは、ささやかな自慢となっている。
盤上は、羽生九段の▲6八角(3図) で前例と別れた。前例は▲5七角と▲4六角だった。
後手の駒組みが定まったあとに▲4六角(4図)とするのが、羽生九段の趣向である。
※投了までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書は2020年12月21日現在のものです。
■『NHK将棋講座』2021年2月号より