105歳で刺繍の個展開いた女性にきく「元気の源」


「100歳を超えて、現役で刺繡をする女性がいる」。そんな知らせを聞いて、ぜひ会って話を聞きたいと考えた編集部。茨城県在住の105歳、文化刺繍愛好家の上杉ミツ子さんを訪ねた。
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「もう本当に元気でね。頭の回転も速いし。話をしていてもかなわないんですよ」
そう話すのは、上杉さんがいるケアセンターまで案内してくれた、次男の勝美(かつみ)さんです。ケアセンターは勝美さんの家から車で10分程度の距離。案内されて上杉さんの部屋につくと、まさに刺繡をしている最中でした。
「少しだけ待っていてください。きりのよいところまで刺すから」
上杉さんが取り組むのは、糸を絵画のように刺す、いわゆる文化刺繡です。下絵や見本のあるキットを使っています。この日は1週間ほど前から取りかかっているという、湖をモチーフにした作品を刺していました。夢中になって針を動かす上杉さん。そのスピードはとても105歳のものとは思えません。見る見るうちに、湖のほとりの木々が形になっていきます。
思わず、すごいですねと声をかけると、手を止めずに「これはもともと下絵がありますからね。すごくなんかないですよ」とぴしゃり。しかし見ていると上杉さんがただ単に下絵どおりに刺しているわけではないことがわかってきました。
「あれ、ここに刺す黄緑の糸がないわね。こちらの余り糸を使いましょうか」
どうしても余ってしまう糸をうまく使ったり、あえて指定とは違う色を配してアレンジをしてみたりと、文化刺繡をまさに絵を描くように楽しんでいるようです。
「本当は見本どおりに刺さないといけないのですけどね。まねしたくないですから。好きに刺します。下絵とにらめっこしながらね」
上杉さんが本格的に刺繡を始めたのは、90歳を超えてから。それから10年余りで500点以上の作品を作ってきたそうです。102歳で白内障の手術をしたころから、製作のペースが早くなったと喜んでいます。
「おかげで眼鏡もなしで刺繡ができるのだから感謝しないと」
現在では、大きくなければ1か月で1つ作品を作るという上杉さん。昨年の夏には、周囲の人たちの勧めもあり、105歳にして初の個展を行いました。30点余りの作品がすぐ売れてしまったそうです。売り上げのほとんどは東日本大震災の被災地に寄付したといいます。
「もう、この年になるとお金じゃありませんから。でも、作品が売れたのは考えてもいないことでした」
上杉さんは、夫を昭和25年に亡くしてから、子育てをしながら仕事に心血を注いできました。自動車販売の会社を自身で経営、「会社を大きくしたい」、その一心で仕事に奔走してきたといいます。
「夫の死は悲しかったけれど、仕事をしなければいけませんでしたから。でもね、仕事というのは楽しいものなんですよ」
刺繡をする今、こんな作品がほしいと、注文されることも多いという上杉さん。決められた締め切りは必ず守るのだとか。
「仕事をしているときからの習慣です。人から望まれることは幸せでしょう? 相手が喜ぶ顔を見るのはうれしいでしょう? 人のために頑張ってしまうのが仕事ですよ」
■『NHKすてきにハンドメイド』2013年4月号より