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「ワシの弟子になったら……」弟子を驚かせた升田幸三実力制第四代名人の一言


2014.10.18

升田幸三実力制第四代名人(左)、桐谷広人七段 写真:河井邦彦

広島県出身の桐谷広人(きりたに・ひろと)七段は、同郷の星である升田幸三(ますだ・こうぞう)実力制第四代名人の数少ない弟子にして、升田門下唯一のプロ棋士である。プロ入りのきっかけを作った父、そして大ファンであったという升田実力制第四代名人の思い出を、桐谷七段が語る。

 

*  *  *

 

運命の東京見物

 

私は広島県の竹原市で育った。父は将棋の有段者で家には将棋盤があり、回り将棋や挟み将棋という遊びは子ども同士でやっていた。

 

父は塩業の組合の仕事をしていて、瀬戸内海各地の塩田を入ったり来たりしていた。あるとき四国の金比羅さんに行く船中で、父親に連れられた将棋の強い6歳の少年と出会う。その子は大人を次々と負かしていた。私の父が対局して少年を負かすと、少年の父親が息子をプロにするつもりで、大山名人にもらった駒を見せてくれたという。

 

そのころ私は6歳になる少し手前だった。父は「巨人の星」の親子のような息子にかける期待を見て、帰ってくると、私に「本将棋」の指し方を教えてくれた。ただ父をはじめとして大人と指すことはなく、近所の子どもに駒の動かし方を教えて指す程度だった。

 

中学生になって、将棋好きの接骨医の先生や竹原と今治を結ぶフェリーの汽船会社の所長さんと知り合い、腕を磨いた。中学3年のころには、やっと父と平手で指せるような棋力になった。

 

父は自分では将棋大会で指すことはなかったが、「広島県下南部選手権」という大会の世話をしていた。私は大会のポスター貼りなどを小学生のころから手伝っていた。

 

中学3年の夏休みに初めてこの大会のCクラスに出て、総合9勝4敗で3位に入ったのが、最初の経験である。とてもうれしかったのを覚えている。ただ、まだアマ初段の域には達してはいなかった。

 

父は当時共産党員で、「赤旗」という新聞を取っていた。この赤旗に「第2回全国勤労者将棋大会」の呉地区予選の予告が出ていた。現在の「赤旗名人戦」である。

 

呉は竹原から電車で1時間くらいのところにある。私一人で大会に行くのが不安だったので父を誘って出かけることにした。この大会で父は優勝した。次の広島県大会、中国地方大会も勝ち進み、中国地方代表として、全国大会に出場することになった。まだ第2回で、今と違って、赤旗新聞を取っている人ぐらいしか出てこないような時代だった。

 

全国大会は東京で9月30日(日)、10月1日(月)に行われることになっていた。偶然にも、10月1日は竹原中学の開校記念日で休みだったので、父について生まれて初めての東京見物に行くことになった。

 

父は全国大会では1回戦負けだった。そのときに審判長で来ていた市川一郎八段に、本気か冗談か、「うちの息子はプロになりたい言うんですけど」と話したので、全くその気はない私は驚いたことがあった。

 

ただ、それがきっかけで私は市川先生と手紙のやり取りをするようになり、プロになりたいという気持ちも起こってきた。父について東京に行かなかったら、絶対にプロになってはいなかったと思う。

 

松浦八段の紹介で升田門下に

 

私は竹原高校に進学して、将棋も続けていた。高校2年のときには前述の全国勤労者将棋大会の中国地方代表になり、ますます熱が高まっていった。

 

高校3年のときに広島市で行われたアマ名人戦の広島県大会に出た。審判長だったのが、広島県出身の松浦卓造八段。私が指していた将棋をのぞき、「プロになる気があるのなら相談しに来なさい」というふうに声をかけていただいた。

 

2学期の終ったころに、父と三原にある松浦先生のお宅を訪ねた。三原は竹原から電車で30分ぐらいのところで、松浦先生は対局のたびに東京や大阪に出ていた。

 

広島県の人間は升田幸三先生のファンばかりである。ただ、升田先生はあまり弟子を取らないといううわさがあった。ところが思いがけなく、「升田に紹介してやる」と松浦先生は言われて、手紙を書いてくださった。これで升田門下になることができたわけだが、大ファンだったのでうれしかった。

 

卒業式を済ませて上京した。竹原はいい酒があるところなので、小さな酒樽を2つ抱え、升田先生のお宅を訪ねた。初めてお会いしたときは、さすがに迫力を感じた。「ワシの弟子になったらいじめられるだろうが、辛抱せい」と言われたのにはビックリした。実際はいじめられることは全くなかったが(笑)。

 

奨励会の入会試験は、3局指すところを2局目が長引いて1勝1敗で終了。1勝しているから合格ということになり、4級で入会した。この2局目を戦っているとき、将棋連盟に対局で来ていた升田先生が盤面をちょっとのぞき、うなずいて去っていったことを覚えている。気にしてくださっているんだなとうれしかった。

 

升田先生が将棋連盟の塾生に入る手続きをしてくださって、奨励会生活が始まった。当時は21歳の誕生日までに初段に上がらないと退会という規定だった。そのとき、私は18.5歳で、2年と半年で4階級なら簡単に上がれると自信満々だった。しかし、奨励会で勝っていくのは大変で、20歳の誕生日を迎えたときに、まだ2級だった。1級までは6連勝か9勝3敗で昇級できるが、初段に上がるには8連勝か12勝4敗とハードルが高くなる。「いやーこれはちょっと危ないな」と思った。そのころ、知り合いの将棋ファンの末沢さんという方のお世話になって、大きなアパートに居候させてもらった。だから塾生は1年ほどしかやらなかったことになる。

 

引っ越したのがいい方向に働き、6連勝で1級、続けて8連勝で初段に上がることができた。21歳の誕生日の半年前のことで、からくも退会を免れた。末沢さんは私より19歳年上だが、この出会いがなかったら、年齢制限で奨励会をクビになっていたと思う。

 

■『NHK将棋講座』2014年10月号より

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