趣味

アマは「棋楽」、プロは「棋魂」……花村元司九段の教え


2014.06.09

花村元司九段(左)と森下卓九段。写真:河井邦彦

花村元司(はなむら・もとじ)九段は「東海の鬼」と呼ばれ、五段試験を受けてプロ入りをした異色の棋士。入門を許された森下卓(もりした・たく)少年は花村九段から平手で千局以上将棋を教わった。弟子に直接教えることは少ないと言われた将棋界ではユニークな指導法である。棋士人生30年の森下九段、師匠の遺した「棋魂」という言葉に思いをはせている。


*  *  *

 

師匠に千局以上将棋を教わる

花村先生には昭和53年(1978年)の9月から、先生がお亡くなりになられた昭和60年の5月までの6年9か月にわたり、何から何まで面倒を見ていただいた。教わった将棋の番数も、千局を超える。なにしろ多い日は5番、10番と教わった。私が将棋を覚えたのが遅いこともあってか、とにかく番数をこなし、1局でも多く指しなさいと言われた。奨励会の3級になるころまで、先生が師範を務められていた上野将棋センターには週に3、4回は通い、アマ強豪の方々に大いに鍛えていただいた。


花村先生は「直感」を重んじられた。局面をパッと見て、十のうち九まで最善手を指せるレベルになるまでは、考えても意味がないと言われた。一生懸命に指して番数を積み、直感で9割以上が正解を指せるレベルに達したら、そこで深く精読しなさいと教えてくださった。ちなみに、同郷の大先輩の加藤一二三先生は、直感と精読を合わせた「直感精読」をよく色紙に書かれている。


 

受け取るほうは1枚1枚だから

花村先生には、一度も怒られたり、叱られたりしたことがない。もちろん、私が良い弟子だったからではなく、花村先生が寛容であられたからだ。どなりつけられても当然のことが何度もあったと思う。どなられたことはないが、優しく諭してくださり、心に刻み込まれた先生の言葉がある。


「だらしない生活をする者は、だらしない将棋を指す」。私が奨励会試験に受かり、上京した直後に、花村先生に言われた言葉だ。この言葉は、入門を許され上京して36年、私の生活の根幹になっている。この言葉に支えられて、生きてきた。


先生が色紙を書かれているとき、お茶を持ってきてくれと言われた。奥様にお茶を入れていただいて、先生が色紙を書かれている文机に置いたら、「お茶がひっくり返ったら、色紙がダメになるだろう。こういう場合は下に(畳の上に)置くものだ」と言われた。臨機応変、ケースバイケース、なるほどと勉強になった。


色紙では、もう一つ、心に残っている場面がある。花村先生が何十枚と色紙を書かれておられるとき、そばにいた後援者の方が「先生は1枚1枚、ずい分と丁寧に書かれますね」と言われた。私もそう思っていた。その言葉に花村先生は「書くほうは何十枚でも、受け取るほうは1枚1枚だから」と、答えられた。この花村先生の言葉の重みは、年齢を重ねるほどに感じる。すごい言葉だと思う。


昭和58年(1983年)の9月に、私は奨励会を卒業できた。入会してから、4年と10か月かかった。早いほうだと思うが、それでも、気が遠くなるほどの時間だった。私は師に恵まれ、祖母が一緒に上京してくれたので、環境にも恵まれていたが、奨励会は厳しく、つらかった。


 

アマは棋楽、プロは棋魂

翌59年の4月、花村先生の棋士人生40周年と合わせて、私の四段昇段のパーティーも開いてくださった。錚々(そうそう)そうたる先輩方が来られて、さすがに緊張した。なかでも、花村先生の師匠である木村十四世名人の貫禄には圧倒された。木村先生は小柄だったが、その風格は周囲を圧しておられた。木村先生を仰ぎ見ながら、下村先生が『将棋大観』を勉強されていた姿を思い出した。


パーティーから1年後の昭和60年の3月、花村先生は体調を崩されて入院した。亡くなられてから、肺がんだったと知った。


入院される数日前、花村先生は、高橋道雄先生と対局されていた。先生の最後の対局となったこの将棋は、凄(すさ)まじい大熱戦となり、先生の最後の鬼手と呼ばれる「ただ捨ての銀」も盤上を彩った。


この対局の日、私も対局だった。明治生まれの大先輩と戦い、私は昼食休憩の前に勝った。花村先生に、どんな相手でも、一生懸命に戦わなければダメだと注意された。先生の最後の教えだった。


アマは「棋楽」で、プロは「棋魂」だと、花村先生はよく言われていた。アマの方は将棋を人生の伴侶として楽しまれ、プロは将棋に魂を込めろと。去年、私は棋士人生30年を迎えた。来年は、 花村先生が亡くなられて30年だ。いま一度、将棋に魂を込めよう。


■『NHK将棋講座』2014年6月号より

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