趣味

母、教師の立場で詠った「卒業」


2014.03.14

出会いと別れが交差する春。特に卒業は本人のみならず、周囲の人々の胸にも様々な思いが去来するイベントだろう。「塔」主宰の永田和宏(ながた・かずひろ)さんが、親、教師が詠んだ卒業の歌を解説する。

 

*  *  *

 

卒業は、本人以上に、その親にとってより大きな感慨をいだかせるものなのかもしれない。

 

卒業式で、生徒たちが泣くのは、先生や友人に別れるという切なさであろうが、親が泣くのは、よくここまでという思いがこみ上げる場合が多かろう。あるいは、いつも手許にあった、そしていつまでもあるはずと思っていた子が、卒業という式を終えて、自分たちから遠くへ行ってしまうという感慨もいくぶんかは混じっているだろうか。

 

卒業式いたづらほどの髭生やしそれぞれの人生のまへに並ぶも

米川千嘉子『衝立(ついたて)の絵の乙女』

 

米川千嘉子もやはり卒業式に行くのだなあと、私にはそちらのほうに不思議な感慨があるが、「いたづらほどの髭」をかすかに光らせながら、並んでいる息子を見ている母親。自分の息子だけではなく、同じような男子生徒たちが並ぶ。その並びの向こうには、それぞれのまた別々の人生がひったりと寄り添っているのが見える。そんな〈これからの時間〉を背負って一列に並んでいる子供たちを、どこか痛ましい思いで眺めてしまうのは、母親だから。

 

体育館へ入る前に小さな布靴に履きかえるときの思いを、米川千嘉子は「PTA母のこころがらんらんとしてしまふゆゑ布靴履きし」とも詠んでいるが、「らんらんとしてしまふ」母のこころに、「いたづらほどの髭」はいやがおうにも涙を催す仕掛けになっている。「それぞれの人生のまへに並ぶも」という観念的な措辞(そじ)が浮いてしまわないのは、上句の具体が生きているからであろう。

 

卒業式に、親が深い感慨をもつのは当然のことだが、もう一つ、卒業式の歌を探していて気づいたことは、親と同じように卒業式に深い思い入れをもつ一群の人びと、つまり教師の側の歌が多いことであった。歌人に教師が多いからなのだろうか、卒業式を詠った教師の歌が多くあった。

 

言ひつがむ言葉もなくて庭芝の芽ぶくをみよと生徒(こ)にいひにけり

松田常憲『秋風抄』

 

松田常憲は、尾上柴舟門下の歌人であり、長く「水甕」選者・発行人として結社を率いてきた歌人である。春日真木子は松田常憲の長女、春日いづみは孫にあたる。

 

この歌は、『秋風抄』中の「別離」一連の一首である。はっきりと卒業と書かれているわけではないが、前後の歌からおそらく卒業にあたっての、生徒らとの交わりであろう。この時期常憲は、愛知県の高等女学校の教員であった。「木槿の花みよとしいへば仰ぐ生徒(こ)のまみの潤(うるみ)をひそかにはみつ」「泣きぬれしおもわを見れば幼けれ今はわかれの言いひかはす」など、過剰なまでの感傷と涙は、女学校の生徒らであることを前提にしないとちょっと追体験できないかもしれない。

 

教師としては、生徒らを送るその日、もはや言うべき言葉も見つからない。改めて言うとどれもが虚しく、噓っぽく聞こえてしまうものである。庭芝の芽吹いていることをさりげなく指摘したり、木槿(むくげ)の花へ注意を向けたりと、その別れまでの時間を惜しむような、かつもて余すような不思議な感覚は、送り出すという思いの切なさを含んで、よく理解できる。

 

■『NHK短歌』2014年3月号より

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