教養

「母」を詠み、自分に流れる「時間」を詠む


2021.06.24

「塔」編集委員の大森静佳(おおもり・しずか)さんの講座「今読みたい愛の歌」では、近現代の歌人が詠んだ愛の歌を鑑賞しながら、言葉の可能性を探ります。6月号の題は「母」です。

 

*  *  *

 

助産師をしていた私の祖母は、もう十年以上前に亡くなったのですが、自分が初潮を迎えたときの話を何度も何度も私に語って聴かせました。十七歳だった祖母はすでに働いていて、病院の屋上で洗濯物を干していたところ、着物の後ろが赤くなっていますよ、と見知らぬ人から指摘されたそうです。どうということもない話なのですが、小さな子どもだった私は、祖母の血の赤さを何度も想像するうち、あるときふっと、この祖母から母が生まれ、母から私が生まれた、という事実をまるごと理解し、愕然としました。それから祖母はこの世を去り、母と私はぐんぐん年齢を重ねました。

 

自分を産んだ母、その母の老い、あるいは自分が誰かの母になること。「母」を詠むことはすなわち、自分の人生に流れる「時間」を詠むことなのかもしれません。

 

わが呼べばかすかに声にいづる母この声につながりしわが五十年

五味保義(ごみ・やすよし)『一つ石』

 

 

息子である自分が呼べば、か弱く答える母の声。自分のこれまでの五十年の生は、この声に繋がるものであった。そんな感慨を詠むこの歌は、盲目となった晩年の母をうたった一連のなかの一首です。老いて視力を失った母に残ったのは、昔と変わらぬ懐かしい声。その声によって、自分が赤ちゃんだった頃から今に至るまでのさまざまな場面が蘇ってくるのでしょう。血でも体温でも顔立ちでもなく、母の「声」に自分の時間が繋がっている、と捉えたところに不思議な実感があります。

 

絵本に示す駱駝の瘤を子が問へば母はかなしむその瘤のこと

中城ふみ子(なかじょう・ふみこ)『乳房喪失』

 

駱駝(らくだ)の絵をはじめて目にした子どもが「これは何?」と無邪気に訊ねる場面。小説のように三人称で書かれていますが、この「母」は作者自身のことでしょう。駱駝の背中の瘤のなかには脂肪が入っていて、断熱などに役立つそうですが、一体なぜ「母」はその瘤のことを哀しく愛しく思ったのでしょう。それはたとえば、駱駝という命が背負っている重荷への、あるいはおのおの天から与えられた肉体を生きて死ぬ、生きものの業への心寄せでしょうか。今は幼いわが子も、やがて成長して多くの苦悩を知り、瘤を「かなしむ」側に立つ。そんな予感も胸にあるのかもしれません。

 

■『NHK短歌』2021年6月号より

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