教養

短歌のなかの眼鏡


2021.03.20

「コスモス」会員の小島(こじま)なおさんの講座「短歌のなかの物たち」。最終回となる3月号のテーマは「眼鏡」です。

 

*  *  *

 

眼鏡の発祥地は13世紀後半のイタリア。ガラス工芸が盛んなベネツィアと言われています。しかし当時はまだ字が読める人が少なく、聖職者などごく一部のエリートにしか需要がなかったのだとか。加えて普及に時間がかかったのは、民衆にとって眼鏡は悪魔の道具として見なされていたから。キリスト教栄華の頃の西欧諸国において「神から授かった目の能力に異議を申し立て、その意思に背いて視力を回復させるのは悪魔の仕業」という考え方が広まっていたというのです。

 

自分の目のようでありながら、自由に取り外しができる。眼鏡は身体(からだ)の一部として、ときには心の一部として世界を投影する道具と言えそうです。

 

とつ組み合ひ途中で眼鏡はづして置く余裕のある子わたしの息子

黒木美千代(くろき・みちよ)『クウェート』

「とつ組み合ひ」ですから、両者とも幼い年齢であると想像します。あるいは歌集の前後の作品から相手は飼い犬とも。いずれにしても咄嗟(とっさ)の判断で危ないからと掛けていた眼鏡を外した息子。その心の冷静にわが子ながら感心してしまった。下句の歌うようなリズムには親としての誇らしさが感じられ、のどかなおかしみが滲みます。子ども同士の喧嘩であれば思わず止めに入ってしまいそうな場面、観察しつつ歌にまでしているところ、ますます面白いです。

 

わたしかなしかったらしい冷蔵庫の棚に眼鏡を冷やしおくとは

佐藤弓生(さとう・ゆみお)『眼鏡屋は夕ぐれのため』

 

冷蔵庫を開けたら眼鏡が入っていた。人間はときに不可解な行動を起こしてしまいます。「かなしかったらしい」と客観的な表現をしているあたり、自分でもうまく説明できない空白の心理が働いたに違いありません。しんと冷えた眼鏡はまるで作者自身の目のようであります。目が熱くなったり、潤んだりするのを鎮めるために、悲しみの感情そのものを落ち着かせるために、冷蔵庫に入れられた眼鏡。冷たい暗闇のなかで眼鏡はいったい何を見ていたのでしょうか。

 

■『NHK短歌』2021年3月号より

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