教養

文明が進むほど災害がその激烈の度を増す 寺田寅彦の警句


2021.03.11

優れた科学者であり、随筆家や俳人としても秀でていた寺田寅彦。災害に関する寺田の随筆を集めた『天災と日本人』を、批評家、東京工業大学教授の若松英輔(わかまつ・えいすけ)さんが読み解きます。

 

*  *  *

 

震災は、いつ起こっても突然の出来事です。東日本大震災のあと、「未曾有(みぞう)の災害」あるいは「想定外の事態」という言葉が盛んに飛び交いました。しかし、あの震災は、本当に、未だかつて一度もなかった災害、まったく想像の及ばない事態だったのでしょうか。ある人物は、「非常時」はどのように経験されるのかをめぐって、次のように書いています。

 

「非常時」が到来するはずである。それは何時だかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

(「津浪と人間」)

 

この一節は、今から90年ほど前に書かれました。作者は寺田寅彦です。1933(昭和8)年5月、昭和三陸地震が東北の地を襲った2か月後に発表されました。第1回では、さまざまな震災をめぐって、この人物が書いた文章との対話を深めながら、今、私たちが何をなすべきなのかを考えてみたいと思います。

 

今回ご紹介する『天災と日本人』は、寺田が発表した随筆のなかから、災害に関するものを集めた1冊です。書籍としては、東日本大震災のあとに刊行されたものですから、長く読み継がれてきたいわゆる「名著」とは趣を異にします。だからといって価値が減ずることはありません。科学者でありながら科学の「死角」を語り続けた寺田が、自然とのつながりを忘却する社会に警鐘を鳴らした1冊であり、今後読み継がれていく「新しい名著」であると私は考えています。

 

『天災と日本人』を読むと、東日本大震災をはじめとする災害を予言するかのような指摘がいくつも出てくることに驚かされます。とりわけ私が大事だと考えるのは、次の警句です。

 

ここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。

(「天災と国防」)

 

現代に生きている私たちは、文明が発展すればするほど、自然災害への備えも万全となり、かつてのような惨事(さんじ)は避けられると考えがちです。治水技術によって大水を手なずけ、治山(ちさん)を進めれば土砂崩れは防ぐことができると思っている。

 

しかし、実際はどうでしょう。たとえば近年頻発する集中豪雨では、河川の氾濫(はんらん)や土砂災害による被害が大きくなっています。別の言い方をすれば、私たちはどんどん災害に弱くなっている。

 

寺田は、文明の進化を妄信している人間自身が、災害が大きくなる、その原因を作っているのだと指摘します。「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた」と書いたあと寺田はこう記しています。

 

そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するような色々の造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子(ひょうし)に檻(おり)を破った猛獣の大群のように、自然が暴れ出して高楼を倒潰(とうかい)せしめ堤防を崩壊させて人命を危くし財産を亡ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである。

 (「天災と国防」)

 

文明は、自然を思うままに操ろうとした。それはときに猛獣がいる檻を、自ら壊すようなことになる、というのです。古来、文明は人の住めない場所を、大勢が集(つど)い暮らす都市に造り変えてきました。森の木を伐(き)り、山を削り、あるいは水辺を埋め立て、より豊かな暮らしができるよう、人間の都合で自然を、寺田の言葉でいえば「細工」してきたわけです。

 

近代に入って科学技術が発達すると、より高度な「細工」が可能となり、人間は自然を思いのままに制御できると考えるようになりました。そうした過信や野心的な人為が、災禍を大きくし、人命を危機に追いやっている。寺田に言わせれば、それは「天災」ではなく「人災」なのです。

 

ここで私たちが真っ先に想起するのは、東日本大震災における原子力発電所の事故ではないでしょうか。私たちは石油にたよらない電力が必要だと考え、新しい「発電所」を造った。その原動力である「原子力」の恐ろしさを十分に理解しないまま、それを「細工」したのです。結果は、想像もできないほど甚大な被害をもたらしました。今も私たちはその影響下にいます。

 

グローバルな観点では、気候変動問題も、こうした視座からとらえることができます。私たちは広い意味での「自然」を経済的成長と利便性のために消費し続けたのです。いずれも「その災禍を起こさせたもとの起こり」は、まさに「人間の細工」にほかなりません。科学者である寺田がこのような視点を持っていたことを、現代に生きる私たちこそ重く受け止める必要があります。

 

※続きはテキストでお楽しみください。

 

■『NHK100分de名著 100分de災害を考える』より

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