教養

災害が突きつける明日の「不確かさ」


2021.03.17

古代ローマのユリウス・クラウディウス朝時代に活躍した哲学者セネカは鋭い洞察力で多くの戒めの言葉を残しました。批評家、東京工業大学教授の若松英輔(わかまつ・えいすけ)さんは、セネカの著書『生の短さについて』を、「100分de災害を考える」4冊のうちの1冊に選びました。

 

*  *  *

 

東日本大震災のような災害が私たちに突きつけるのは、明日という日の不確かさです。今日という日の延長に、必ずしも私たちが思い描く明日が来るとは限りません。

 

毎日の仕事も、旅行の計画も、人生設計も、明日の到来を疑わないからこそ可能となります。そして、昨日という日には誰も戻ることはできません。一日で読み切ることのできない本を買うという行為のなかにすら、無条件に明日を信じているのです。

 

誰にも、必ず最後の日がやってくる。いつか来るのではなく、それは確実に到来する。このことの重みを私たちは、十分に感じているでしょうか。厄介なことや気の進まないことの決断を先延ばしにしてはいないでしょうか。ある哲学者は、そうした私たちの日常の過ごし方は「今という時を奪い去る」ことだと強く戒めます。

 

先延ばしは、先々(さきざき)のことを約束することで、次の日が来るごとに、その一日を奪い去り、今という時を奪い去る。生きることにとっての最大の障害は、明日という時に依存し、今日という時を無にする期待である。君は運命の手中にあるものをあれこれ計画し、自分の手中にあるものを喪失している。君はどこを見つめているのか。どこを目指そうというのであろう。来(きた)るべき未来のものは不確実さの中にある。ただちに生きよ。

 

何とも耳の痛い言葉です。しかし、良薬口に苦(にが)し、ということわざがあるように、真実を含んだ言葉もまた、しばしば「苦い」ものなのです。

 

この一節を書いたのは、イエスと同じ時代に生きた哲学者ルキウス・アンナエウス・セネカです。ストア派後期の中心人物で、『自省録』で有名なマルクス・アウレリウスの先人にあたり、暴君ネロに仕えたことでも知られています。セネカは、現代日本でも全集が編まれるほど多くの著作を遺していますが、なかでもよく読まれたのが、先の一節が記されている『生の短さについて』です。

 

この本には、多くの諫言(かんげん)・箴言(しんげん)が含まれていますが、それらは、何かを覚(さと)った人が、高みから投げかけたものではありません。セネカが自分のなかの矛盾、あるいは至らなさと向き合い、葛藤(かっとう)するなかで絞るように刻んだものなのです。そうした言葉の紡ぎ方も『自省録』と通じるところがあります。その戒めは誰よりも先に自分自身の胸を貫いているのです。

 

セネカの鋭い洞察と切実な言葉は、時代を超えて多くの人びとに影響を与えました。ルネサンス期のフランスを代表する思想家モンテーニュもその一人で、彼の主著『エセー』には随所にセネカの名が出てきます。さらにモンテーニュを通じ、その影響は、ルソーにも流れ込んでいます。

 

ルソーは自己探求と社会改革という大きな問題を前に、近代思想のあり方の一角を決定したといってよい人物ですが、もっともよく読まれたものの一つ『エミール』のページを開いて、最初に目にするのは、セネカが『怒りについて』という本で書いた言葉の一節です。

 

自分の人生が、いつ、どのように終わりを迎えるのか。それは誰にもわかりません。大災害はその厳然たる事実をあらためて突きつけます。第3回となる今回は、セネカの言葉を通じて「時」とのつながりをとらえなおし、豊かな生はいかに可能かを考えてみたいと思います。

 

※続きはテキストでお楽しみください。

 

■『NHK100分de名著 100分de災害を考える』より

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