教養

ロマンや幻想に逃げず、まずは実態を知ろう


2020.12.31

ブルデューはアルジェリア戦争(1954年〜62年)での従軍経験をきっかけに哲学から社会学に転向し、社会学者としての研究をスタートさせました。ブルデュー社会学の原点について、社会学者で立命館大学大学院教授の岸 政彦(きし・まさひこ)さんに教えていただきました。

 

*  *  *

 

ロマンや幻想に逃げず、まずは実態を知ろう。これがブルデュー社会学の原点です。では、社会問題を調査・研究するにあたり、どのようなアプローチがあり得るか。大雑把に言って、社会学には大きく二つの視点があります。

 

ひとつは、全体的な現象を見るという視点です。たとえば少子化問題について研究するのであれば、家族という制度が歴史的にどう変わってきたのか、結婚している人のうち子どもがいる割合はどのように増減してきたのかなどを調査・研究します。制度や現象、構造そのものについてのデータを集め、分析するやり方です。多くの人々にアンケートを取ったり、歴史的資料を大量に集めたりします。マクロな社会構造や歴史的変化がその考察の対象です。近代化とは何か、グローバリズムとは何か、戦争とは何か。

 

もうひとつは、その問題の中で人びとが実際に何をやっているかを調べる視点です。「参与観察」(特定の集団や組織や地域に実際に入り込んで、そこでおこなわれているコミュニケーションを記録する)や聞き取り調査をしたりして、たとえば「家族をつくる(つくらない)」ことについて、人びとの行動や価値判断を地道に調べていきます。いわば、人の行為に照準を合わせるタイプの社会学です。私たちはどうやって人生における選択をしているのか。私たちは他者をどのように理解し、コミュニケーションをしているのか。私たちは何を信じて、どんな動機や理由から、何をおこなっているのか。私たちの日常生活は、いったいどんなものなのだろうか。

 

社会学はおおまかにこの二つに分かれますが、ブルデューはこの両方をやろうとしました。彼は一匹狼タイプではなく、どちらかというと中小企業の社長タイプというか、大勢の共同研究者と一緒にチームをつくり、大規模な調査を何度もおこなうような社会学者でした。

 

大きな歴史や構造。人々の実際の行為や相互行為。その両方を視野に入れたブルデューですが、やはりその中心には、人間の行為に関する理論があります。特にブルデューは、私たちが自分でも気づかないような、日常的で無意識的な「実践」というものが、階級や国家などの大きな社会構造のなかでどのように産出されるのか、そしてその行為のもとになる規範や価値観や態度、さらには感受性や「能力」までもが、大きな社会構造のなかでどうやって規定され条件付けられるのかを描いたのです。

 

ブルデューが『ディスタンクシオン』において焦点を当てたのも、人びとの文化の受容と実践という、日常的な行為です。その分析を通して、趣味と社会構造との密接な関係を明らかにし、趣味や嗜好という非常に個人的な領域が、いかに社会によって規定されているかを明示したわけです。

 

そして『ディスタンクシオン』が単なる趣味や文化活動の分析を超えて、現在まで読み継がれる(そして批判される)歴史的な名著になったのは、ブルデューがこの本において、人間の自由とは何か、あるいはもっと言えば、人間とはそもそも何なのか、という問いに正面から取り組んだからです。私たちの行為がどれくらい構造に規定されているのかを知ることは、言い換えれば、私たちがどれくらい「不自由か」を知る、ということに他なりません。ブルデューは、一見逆説的ですが、私たちがどれくらい不自由であるかを明確に知ることが、私たちが自由になるための条件であると主張したのです。

 

したがってこの本は、ややこしい言い方になりますが、「私たちがどれくらい不自由なのかが描かれた、自由についての本」なのだと思っています。

 

■『NHK100分de名著 ブルデュー ディスタンクシオン』より

このエントリーをはてなブックマークに追加

  • bnr-eigo2019

  • テキストビュー300×56

  • bnr-eigo2019

000064072652020_01_136

NHK出版 学びのきほん 自分ごとの政治学

2020年12月25日発売

定価 737円 (本体670円)

000064072612020_01_136

NHK出版 学びのきほん お経で読む仏教

2020年12月25日発売

定価 737円 (本体670円)

000064072642020_01_136

別冊NHK100分de名著 読書の学校 苫野一徳 特別授業『社会契約論』

2020年11月25日発売

定価 880円 (本体800円)