「枕」が生んだ多彩な比喩表現


「コスモス」会員の小島なおさんが講師を務める講座「短歌のなかの物たち」。2020年12月号のテーマは「枕」です。
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『枕草子』といえば誰もがあの有名な冒頭「春はあけぼの」を思い浮かべるはず。しかし、当時は枕のように分厚い草子(本)のことを一般的に枕草子と呼んでいました。固有名詞ではなかったのです。ではなぜこの題が付けられたのか。『枕草子』の跋文(ばつぶん)にはそのいきさつが書かれています。
あるとき白紙の草子が、兄の藤原伊周(ふじわらのこれちか)から定子(ていし)に捧げられました。定子はそれに何を書いたらよいか、清少納言(せいしょうなごん)に尋ねたといいます。同じものは一条天皇にも献上されて、帝王学の教科書とも言うべき中国の『史記』をすでにお書きになっていた。清少納言は草子を前にして「枕にこそは侍(はべ)らめ」と申し上げたことによって、それを託されることになったのです。
「枕にこそは侍らめ」、現代語では「それこそ枕」ということですが、一体どういう意味なのでしょう。白紙の草子を見て枕と言った。それはつまり普通名詞「枕草子」という言葉を利用して、「今すぐ使えて(願わくばわが手で)、内容未定の作品を」という清少納言の提案だったのです。既存の作品を写したり、模倣するのではなく新しい文学の創出を。こうして「枕草子」は清少納言の『枕草子』となったという説があります。
枕には頭を、布団には身体(からだ)を預けます。ゆえに、古代から物思う場であると同時に、比喩としても多くの語を生みました。
家なれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕(くさまくら)旅にしあれば椎の葉に盛る
有間皇子(ありまのみこ)『万葉集』
「家にいる時にはいつも立派な器に盛る飯を、今旅の身である私は椎(しい)の葉に盛る」。今と違って当時の旅は苦しく、困難の多いものでした。「旅」に係る枕詞(まくらことば)である「草枕」は「草を枕にして寝る」野宿の意。ここでは朝廷への反逆罪で護送中の旅の場面ですから、その辛(つら)さはひとしおでしょう。これに対し「手枕」という言葉があります。家に居て愛しい妻の手を枕にして寝るという意。手枕の家を離れて草枕の旅へ。ちなみに『万葉集』ではもうひとつ先に「岩枕」があります。石棺の中に冷たい岩を枕にして眠る、すなわち死のことです。このように昔の旅は死を覚悟するものでありました。何を枕にして眠るか。それは命の問題と直結していたのです。
■『NHK短歌』2020年12月号より