教養

小説『モンテ・クリスト伯』がこれほどまでに大ヒットした理由とは


2013.03.04

近代化の進む19世紀フランスにおいて大衆文学をきわめた巨人、アレクサンドル・デュマ。代表作『モンテ・クリスト伯』はもともと1844年から46年にかけて、フランスの新聞で連載されて評判を呼んだもの。18巻の書籍として出版されると、推計4万部という当時の小説としては驚異的な売り上げを記録した。以後、各国で翻訳され、書かれてから150年以上を経た今も、読者を惹(ひ)きつけてやまない。なぜ、『モンテ・クリスト伯』はここまで多くの人々の支持を集めたのだろうか。作家の佐藤賢一(さとう・けんいち)さんがその謎をひもとく。

 

*  *  *

 

ストーリーが奇想天外で抜群に面白いのはもちろんですが、ほかにもいくつかの要因が考えられます。

 

ひとつめに挙げられるのは、誰にでも読みやすい言葉、わかりやすい表現方法で書かれていたという点です。

 

それまでの同時代の作家たちが書く作品は、どちらかというと物語の設定や背景を地の文で長々と説明するのが一般的でした。書斎でインテリ層がじっくり読む小説ならそれもありですが、新聞小説の読者読者は一般大衆が中心です。文章を読み慣れていない人の場合、地の文で説明されるとなかなか頭に入ってこない。そこでデュマは、なるべく難解な表現は避けて、登場人物に会話の中で状況や背景を語らせることにしたのです。

 

会話の中で状況を説明するとは、いったいどういうことなのか——具体的に例を挙げてみましょう。たとえば、脱獄した後の主人公ダンテスは、自らを「モンテ・クリスト伯」と名乗りパリの社交界にデビューしますが、この時の様子を地の文で説明すると、こうなります。

 

当時のイタリアでは、伯爵や男爵の称号は金銭で取引される状況にあり、ダンテスはモンテ・クリスト島で手にした財宝を使って伯爵の名を得た。しかし、まわりの者たちは、その正体に、少なからずうさん臭さや怪しさを感じていた。

 

同じことを会話の中で表現すると、次のようになります。

 


「モンテ・クリスト伯っていう名前、あれはいったい、どういう名前かしら?」

(中略)「あれは御苗字なの? お国の名? それともただの肩書なの?」

「肩書でしょう。ただそれだけのことでしょう。伯爵は、トスカナ群島にある島を一つお買いになったのでした。そして、今朝自分からお話しだったところでは、そうやって伯爵家を作られたとかいうことです。御存じのように、フィレンツェのサン・テティエンヌ勲章にしても、パルマのサン・ジョルジュ・コンスタンチニエン勲章にしても、マルタ勲章にしても、おなじようにして手に入れることができるのですから。もっとも、伯爵は、貴族にあこがれるといった気持は、毛頭持っておられません。ローマでの噂では、非常に身分の高い貴族であるとかいうことでしたが、御自分では、ほんの出来星の伯爵にすぎないといつも言っておいでなのです。」

 

(『モンテ・クリスト伯 三』四一 紹介)


多少説明不足の部分はあるとしても、明かに会話文のほうがわかりやすく感じます。登場人物の疑い深い表情が目に浮かび、多くを語らずとも、置かれた状況や場の空気がイメージしやすくなるのです。

 

■『NHK 100分de名著』2013年2月号より

 

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