教養

こんなに違う「迷信」と「神秘」


2013.03.02

「私は論理的、科学的なものの考え方を人生の第一原理にしているのですが、そんな心の奥底には、いつも私を守ってくれている不思議な存在を感じながら生きています」。こう語るのは、花園大学教授の佐々木閑氏(ささき・しずか)だ。釈迦の仏教の信奉者である佐々木氏に、迷信と神秘の違いを聞いた。

 

*  *  *

 

迷信と神秘の本質的な違いをまとめます。迷信は、「因果関係を想定してはならない二つの現象の間に、誤った因果関係を想定すること」ですから、それは本質的に「虚偽」つまりウソです。したがってそれはわれわれに誤った行動をとらせる元になりますから、よくないことです。

 

これに対して神秘は、それぞれが心の中で感じ取る、「世の因果関係を越えた不思議な力や存在」ですから、それは一人ひとりの感性に依っています。一人ひとりが世界をどうとらえるか、という問題なのですから、そこに「善い」とか「悪い」とか「正しい」とか「間違っている」といった区別は立てられません。神秘は決して、迷信のように拒絶されるべきものではないのです。

 

ただ、その神秘も、使い道を誤ると怖いことになります。神秘的な存在や現象を旗印にした集団が、その神秘を信じて全体行動をとる場合など、判断基準が一般の通常社会と異なっている分、より危険な行動をとることが多いからです。ですからそのあたりを意識して、つまり神秘の素晴らしさと危険性の両方を意識してかかわることが重要だと思います。

 

具体的にどうすればいいかというと、自分の中の、「理性で考える」部分と、「神秘を信じる」部分を明確に役割分担するのです。大なり小なり、合理的な論理性をもって判断すべきことがらは、意志でしっかり判断します。そして、判断したことに対して自信を持って進んでいくために——いわば“後押し”として——神秘の力を求めるということです。

 

私はこういった生き方が一番、人生の苦しみを軽減してくれるのではないかと考えています。それを反対にして、自分の意志で決めなければいけない時や、合理的にものごとを決断しなければいけない時に神秘の力に頼れば道を誤ります。そこはあくまでも自分の力で決断することが必要です。そして、こうだと決心したら、その決心の保証者として、神秘の力を拠り所にするということです。

 

■『NHK 100分de名著 般若心経』2013年1月号より

 

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