教養

アンネ・フランクの誕生日に父が贈った詩


2015.03.28

アムステルダムに現存する隠れ家(アンネ・フランク・ハウス)

ナチス・ドイツによる迫害から逃れるため、アンネ・フランクは13歳のときにアムステルダム市内にある隠れ家へと移り住む。他の家族との共同生活を送ることになったアンネは、支援者たちへの感謝の気持ちを日記に綴る一方で、母親や歯科医のデュッセルなど、共に暮らす大人たちに対して湧き上がる反抗心をあらわにもしている。しかし一方で父親へは全面的な信頼を寄せていたことが日記から伺い知ることができる。エッセイ『アンネ・フランクの記憶』などを著した作家の小川洋子(おがわ・ようこ)氏が、父オットーの娘との向き合い方について語る。

 

*  *  *

 

父親に対してアンネは、深い信頼を寄せていました。思春期に読んだ際には、「パパ大好き」と素直にいえる関係をうらやましく思いました。わたしは自分の父に対して、もうすこし頼りがいのある男性だったらなあと、ないものねだりをしていました。アンネがいだく、父親への全面的な信頼は希有(けう)なものだと感じます。

 

しかしある意味、その尊敬は当然なのかもしれません。父オットーは、隠れ家生活のリーダーです。ボスとしての振る舞いを、つねにアンネは目の当たりにしていました。オットーは隠れ家の争いごとをいさめ、重要な決断を下し、支援者に的確な指示を出します。もちろん感謝の気持ちも忘れません。また時にはトイレの詰まりを直すという、実務的な能力も発揮します。非常事態だからこそ無理をして頑張っていた面もあるでしょうが、すばらしいリーダーシップを発揮していく。娘にとってその姿は誇りだったでしょう。ふつうのサラリーマンの家庭では、会社で輝いている父親の姿を見る機会はめったにありません。

 

オットーは、アンネが日記などの書きものをしているときは邪魔しないよう、配慮を見せます。そこも、一人前に扱われたいと願っていたアンネの心をくすぐったはずです。のちにアンネがファン・ダーン家のペーターと親しくなっていった際も、頭ごなしに反対はせず、節度ある態度で娘と接します。内心は相当な心配をしたはずですが、抑制的に我慢強く見守っています。アンネのこともペーターのことも、それだけ信用していたのでしょう。理想にかなった父親像が日記からは読みとれます。

 

しかも、誕生日に詩をプレゼントしてくれる父親なんて、そうはいません。14歳の誕生日にオットーがアンネに贈った詩を、彼女は日記に書きつけています。それを読むと、オットーが娘をとてもよく理解していたことがわかります。

 

詩はこのように始まります。

 

ここではいちばん年若だが、おまえはもう幼児ではない、

しかし人生はきびしいだろう、われわれ年長者が周囲から、

あれこれとおまえに指図(さしず)しようとするからね。

(1943年6月13日)

 

アンネを子ども扱いせずに、その内面に向き合おうとする姿勢が伝わってきます。そして続くくだりがまたいいのです。まるでアンネが日記に記す大人たちへの批判を透視できているかのようです。

 

自分の欠点は小さく見えるものだ、

だから他人の欠点は批判しやすい、

他人のそれは二倍にも大きく見えるものだから。

どうかわれわれを、おまえの両親を、広い心で見てほしい、

これでもおまえを公平に、共感をもって判断しようとしているのだから。

(同上)

 

自分の欠点を直せとは言わず、人間はみな欠点を持っているから、許し合おうと説きます。そして「おまえはけっして退屈(たいくつ)せず、いつもさわやかな風を運んできてくれる」と、アンネのよさを認めて肯定する。彼女が一歩前へ進むときに必要な、道しるべとなる詩です。

 

オットーは食料調達やお金の心配といった現実的な問題から、こうした娘たちの精神的なフォローまで、とにかく誠心誠意ことに当たります。いつ密告されるかわからない状況下で、2年数か月のあいだ強靱(きょうじん)な精神力を保つことは容易ではありません。しかしそれは、未来ある子どもたちのためだからこそできたことでしょう。大人たちだけでは、ここまで頑張りきれなかったのではないでしょうか。

 

同じことは支援者の人たちにも言えます。自分たちが助けなければ、パッタリ倒れてしまう年若い子どもが三人いる。未来が見えない時代だからこそ、自分より年若い者を助けることが支えになったのだと思います。

 

子どもの存在はそれだけで希望になりうる。隠れ家に、みんなから「おまえはうるさい赤んぼだ」と言われもする年若のアンネがいたことは、じつはみんなのエネルギーになっていたように思うのです。だからこそいっそう、アンネ、マルゴー、ペーターの三人が三人とも死んでしまった事実は、耐え難い苦しみなのです。

 

■『NHK100分de名著 アンネの日記』より

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