教養

“打者”“死球”と訳した正岡子規 野球愛あふれる一首とは? 


2014.10.13

秋はスポーツを詠むにも最適な時季かもしれません。「かりん」編集委員の梅内美華子(うめない・みかこ)さんが、正岡子規の野球をテーマにした短歌など、スポーツをうたった秀作を紹介してくれました。

 

*  *  *

 

明治時代に短歌革新運動をおこした正岡子規は、野球に熱中し、雅号を「野球」「能球」としていた時期があります。球をボールと読ませて「ノボール」「ノゥボール」、幼名の升(のぼる)と掛けたもの。松山から上京し第一高等中学校の学生のころに野球を始めました。そして新聞「日本」の記者であった明治29(1896)年、アメリカから伝わったベースボールの歴史や競技の仕方などを連載で解説しました。そこで日本語に訳した、打者、走者、死球などは今も日本の野球で使用されている語です。

 

今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸のうちさわぐかな

正岡子規『竹乃里歌』

 

「ベースボールの歌」九首中の一首。「今やかの三つのベースに人満ちて」は走者が続けて出てとうとう今、満塁になったという場面のこと。点が入る大きなチャンスを迎えた興奮をうたっています。子規が魅了され夢中になったベースボールは、日本で大変人気のある野球に発展し、高校野球やプロ野球、そして日本人がアメリカの大リーグで活躍するようになった現在につながっていきます。

 

ライトから見る本塁はかがやいてレギュラーになれなかつた夏の日

大辻隆弘『水廊』

 

野球少年だった日々を回想した歌。練習ではいつも外野を守っていたことが上の句からわかります。ライトから内野も本塁ベースも遠く、日差しのもとで輝いている。それがレギュラーに届かなかった悔しさに重ねられています。野球部の試合は夏の地区大会がシーズンの一区切り。結句の「夏の日」はそのこととともに、野球にかけた日々の終わりを暗示しています。初句から第二句、そして第四句から結句にかけての句またがりのリズムも、あこがれと悔しさという屈折を響かせています。

 

せりあひの球辛うじて蹴り出だしはづみに体宙に浮きて墜つ

高野公彦『淡青』

 

サッカーをしている歌です。ボールを奪うために相手の脚と自分の脚が争い、押し出すように伸ばした脚によって上体が傾いて地に倒れた。倒れる前にからだが宙に浮いたのです。自身の動きの瞬間を客観的に、細かに描いていますが、読者はまるでスローモーションの画像を見ているような臨場感を覚えます。

 

■『NHK短歌』2014年10月号より

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