教養

歌の名手・在原業平が詠った桜


2014.04.05

古来より日本の春を彩り続けている桜は、数多の歌人が詠んできた題材だ。「コスモス」選者の小島ゆかりさんが、六歌仙の1人である在原業平が詠んだ桜の歌を解説する。

 

*  *  *

 

さくら花ちりかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに

在原業平『古今和歌集』

 

桜の名歌として名高い、在原業平の一首です。詞書(ことばがき)によれば、太政大臣・藤原基経(ふじわらのもとつね)の40歳を祝う宴で披露された歌。

 

「桜の花よ、あたり一面を曇らすほどに散り乱れておくれ。あの老いというものがやって来る道が分からなくなるほどに」。

 

四十の賀は当時、長生きを祝う区切りとしての、老いの祝いでした。40歳で老いとは、驚くばかりです。

 

賀宴では、詠み手が順に自分の歌を朗詠することになっていました。さて宴もたけなわ、次の詠み手は歌の名手・業平。宴席は期待で静まり返ったことでしょう。「さくらばな」と朗々と歌い出した業平ですが、なんと「ちりかひくもれ(散り交ひ曇れ)」と不吉な言葉が続いたので、みな驚きとまどい、さらに「老いらくの」と続き、人々は眉をひそめ顔を見合わせ……。ところが、下句で一気に転換、見事な祝いの歌となったのです。この異色のパフォーマンスに、一同大いに拍手喝采する様子が眼に浮かんでくるではありませんか。

 

この宴は貞観17(875)年、業平はこのとき51歳と思われますから、あるいはみずからの切実な感慨であったかもしれません。

 

業平といえば、ほかにもこんな桜の歌を思い出します。

 

世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし

 

蕾にときめき、花を待ちわび、風雨に散るのを惜しみ、散りつくすのを哀しむ。桜はもっとも心を悩ます花なのです。もし桜がなかったなら、どんなにか春をのどかに過ごせるだろう、と作者は詠みますが、つまり、それほどに桜の存在は大きいという、逆説の賛辞であることは言うまでもありません。

 

■『NHK短歌』2014年4月号より

 

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