「手紙」を詠む


2020.09.09

「コスモス」会員の小島なおさんが講師を務める講座「短歌のなかの物たち」。8月号では「手紙」を詠んだ歌を紹介します。

 

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「郵便局の木」をご存じでしょうか。その木は各地の郵便局の前などに植樹されているので、見たことがある方も多いかもしれません。名前は多羅葉(たらよう)。楕円形で肉厚の葉の裏面に傷をつけると黒く変色し、文字が書けることからそのように定められたらしい。戦国時代にはこの性質を利用して情報のやり取りをしていたとか。さらには「葉」に「書く」ことから、葉書の語源になったという説も。驚くのが、多羅葉に限らず文字が書ける葉であれば、現代でも定形外郵便として郵送できるというのです(切手はどうやって貼るのでしょう……)。実践される際はひとこと郵便局の方に確認することをお勧めします。

 

お手紙ごつこ流行(はや)りて毎日お手紙を持ち帰りくる おまへが手紙なのに

米川千嘉子(よねかわ・ちかこ)『たましひに着る服なくて』

 

子は幼稚園児でしょうか。友だちとのお手紙、お母さんへのお手紙、沢山のお手紙を大切に持ち帰ってくる。それらを読む度、自分にとっての手紙は他でもない「おまへ」自身であると心の底から思うのです。思うというより、本能的な感受と呼べばいいでしょうか。母親というのは偶然にもたらされた子という手紙を一生涯かけて読んでゆく存在なのかもしれません。結句十音の字余りには、読む者の感情を手摑みにするような深く切実な肉声が聞こえてきます。

 

「前略」を「全略」と書き以後空白そんな手紙を送りたい春

佐藤通雅(さとう・みちまさ)『予感』

 

「前略」は、挨拶を省いて用件を述べるのをあしからず、と断る語。ならば「全略」は、挨拶も用件もすべてを省略ということになるでしょう。たった一文字の違いによって、こんなにすずしい空白の往信が生まれる。伝えたいことはないけれど、手紙を送りたい。そんな人こそ、本来手紙を送るのにふさわしい相手とも言えそうです。開いた手紙一面の空白に、春の陽(ひ)が差し込んでくるような朗らかな詩情。

 

■『NHK短歌』2020年8月号より

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