趣味

女流最高齢棋士・杉内寿子八段をプロに導いた父のスパルタ


2013.09.23

杉内寿子八段。撮影:藤田浩司

杉内寿子(すぎうち・かずこ)――碁界に4人しかいない女流棋士八段の1人(ほかに青木喜久代、吉田美香、小西和子)にして、今なお現役として活躍を続ける女流最高齢棋士(86歳)である。

 

生まれが昭和2年、入段が昭和17年であるので、囲碁とともに歩んできた道のりはそのまま、昭和から平成にかけての囲碁史と言っても過言ではない。

 

そんな杉内八段を囲碁の道へと導いたのは、熱心に指導してくれた父上だった。

 

*    *    *

 

碁との出会いは父のスパルタ

 

小学校に入る前だった気がするので、たぶん5、6歳だったと思うのですが、父から碁の手ほどきを受けました。父は県代表クラスの腕前でしたが、どうもはじめから私のことを「プロにしよう」と思っていたらしいのです。

 

そのころ、女性の棋士は、頑張っても四段止まりということが吹聴されていたようで、父はこれに対し「そんなことはない。女性だって五段になれる」と反発し、娘の私でそれを証明しようとしたのでした。

 

父がカリキュラムを作り、私はそれに沿って毎日、碁の勉強をさせられました。朝起きるとまず冷水摩擦をしてラジオ体操。それから碁の勉強です。それが終わってから朝食をとり、学校へ登校するという流れでした。

 

学校から帰ると父が碁盤の前で待ち構えているので、またしばらく碁の勉強です。それが終わらないと遊びに出してもらえません。ですから学校から直接お友達の家に行ったりもしたのですが、すぐに父にバレてしまい、なかなか碁の勉強をサボることはできませんでした。

 

それでも、碁そのものは嫌いではなく、むしろ好きだったかもしれません。初めは「これが解ければ遊びに行ける」という思いでやっていたのですが、いつの間にか解けること自体が楽しくなってきたりして、碁の勉強が苦痛ではなくなっていました。碁が楽しくなってきたのですね。

 

父が教え方を工夫してくれたことも大きかったように思います。具体的な内容は覚えていないのですが、私の興味が続くようにと、あの手この手で頑張っていた印象があります。大変なスパルタでしたけど、父は指導者としてはかなり優れていたのではないかと、今になって思います。

 

喜多文子先生に請われて修業の道へ

 

私が数えで11歳のときでした。東京で大きな碁の催しがあり、私は父に連れられて地元の静岡県・熱海から参加していたのですが、その席上でなんと木谷實先生に指導碁を打ってもらえることになったのです。

 

五子で教えていただいた棋譜が今も残っているのですが、これが実によく打てていて、結果も私の勝ち——そんなことがあって、私と父はその日に熱海へ帰ったのですが、翌日の朝、なんと当時のトップ女流棋士であった喜多文子先生が、我が家にまではるばると訪ねていらしたのです。

 

そして父に対し「娘さんの昨日の碁を見ていた。ぜひプロに、私の弟子にしたい」とおっしゃったのでした。

 

喜多先生のこの熱意に、父は心を打たれたようで、即座に了承。私は喜多先生の弟子にしていただくことになったのです。

 

姉弟子たちには大変厳しい先生だったそうですけれども、私には優しい先生でした。ただし先生の非常に毅然(きぜん)とした姿や態度には、子供心に感じるものがあり、いつも「かっこいいなぁ、すばらしいなぁ」と思っていたものです。

 

■『NHK囲碁講座』2013年9月号より

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