趣味

アルバイトを詠う短歌に見る若人のこころ


2013.09.17

かつて、「アルバイト」の意味するところは今と違った。「未来」選者の佐伯裕子(さえき・ゆうこ)さんが、六〇年安保闘争の頃に苦学生として生きた歌人と、平成の今を謳歌する若手歌人がそれぞれ詠ったアルバイトの歌を紹介する。

 

*    *    *

 

本来は、学生や研究者などが本業のほかに従事する仕事を「アルバイト」と呼んでいました。現在は、保証されない短期の仕事全般を指すようです。そういう仕事場では、職種もさまざまで、また短期間の人間関係も生まれてきます。最近は、フリーターやパート、派遣社員などという名称も使われています。いずれも、短期間の仕事とともに、短い交流の生まれる場所となっています。昭和三十年代前後には、大勢の苦学生がいて、彼らはアルバイトをしながら勉学に励んでいました。日本がまだ貧しかった時代です。そういう苦学生たちを象徴するような学生歌人がいました。

 

アルバイト一日(ひとひ)終わりて坂降る西日に長きわが影踏みて

岸上大作『意志表示』

 

はじめてを働きて得し札なれば睡りはやがてあたたかく来ん

 

岸上大作は、六〇年安保闘争の時代に学生として短く生きた歌人でした。七歳のときに「父」が戦病死したために、「母」の手で育てられました。貧しい家計のなか、兵庫県から上京して国学院大学に入学します。デモに参加し、恋をし、短歌を作り、そうして二十一歳で自死をしてしまいます。掲出歌は、東京の雪ヶ谷に住み、大学に通い始めたころの作品です。岸上は十九歳でした。

 

「世論調査調査員にて一日あり訴えて得るなき政治と言わる」などの歌もあります。そのような仕事だったのでしょう。一日中歩き回っていたことがうかがえます。一首目、疲れきった「わが影」を踏みながら帰っていくのですが、働いた一日の満足感が伝わる歌になっています。安堵感をさそう「西日」が効果的に使われています。それは、二首目にあるように、初めて自分で得る給金の喜びでもあったはずです。日給三百六十円のアルバイトは、岸上にとって、「革命と恋」という夢を実現するために必要な手段でした。歌集は、没後の昭和三十六(一九六一)年に出版されています。

 

では、現在の「アルバイト」の歌にはどのようなものがあるのでしょう。時代が一気に飛んでしまいますが、対照的な作品から紹介します。

 

はじめて1コ笑いを取った、アルバイトはじめてちょうど一月目の日

永井 祐『日本の中でたのしく暮らす』

 

昨年出版された歌集です。口語散文調の歌のなかで、「はじめて」が二度でてきます。最初のは「初めて」、次は「始めて」となります。岸上は「はじめて」の給与に感動していましたが、この歌では、仕事場での人との関わりに焦点が当てられています。皆のなかで初めて「笑いを取った」ことへの感動なのです。いかに切実に、「笑いを取る」ことに腐心(ふしん)したかが読み取れます。そこに微妙な自意識が見え隠れして、痛々しさも感じられます。岸上の「はじめてを働きて得し札なれば」という感動のありようとは違う、周囲に寄せる細い神経の配り方が浮き彫りにされてくるでしょう。

 

■『NHK短歌』2013年9月号より

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