趣味

高島一岐代九段 弟子への心遣い


2013.09.04

現在、将棋連盟常務理事を務める東 和男(あずま・かずお)七段は、「攻めの高島」とうたわれた高島一岐代(たかしま・かずきよ)九段に師事していた。大阪市阿倍野区にある高島八段(※昭和54年11月九段)将棋教室を初めて訪れたのは中学3年生の夏。卒業を待って弟子入りしてからは、使い走りをしたり、お客さんの対戦相手を務めたりと、教室中心の生活を送り、それは奨励会員としての修行が始まっても変わらなかった。しかし、多忙な日々を送っていたある日、東七段は師匠の心遣いを知る——。

 

*    *    *

 

いよいよ奨励会員としての修行が始まる。月に2回、原則4日と19日に行われる例会が待ち遠しくてしかたがなかった。

 

ただ、教室中心の生活は同じ。例会日も手合いが終われば、まっすぐ戻らなければならない。他の門下が寄って食事に行く姿は正直うらやましかった。まして勝って帰るならともかく、1勝2敗や3連敗のときは教室のガラス戸を開けた途端、お客さんから成績を聞かれる声が痛く、足どりは余計に重たい。

 

年上の兄弟子2人は出稽古もあり、教室の仕事はどうしても私に比重がかかる。奨励会員は記録係が義務となるが、週に1回ある教室の休みの日を当てなくてはならない。自由な時間はまったくない生活。他の仲間たちも憂えてくれていたが、その年代にもて余す時間は志に反する結果につながり兼ねない。意味ある縛りだったのだと思う。

 

「厳しさ」でなる高島門下。しかし、振り返ってみるとあまり叱られた記憶がない。それは先生が現役を退かれてから時間がたち、穏やかになられたせいもあったのだろう。兄弟子からは苦労話をいろいろ聞かされていた。私には、ファンを大事にされ、女性と子供にやさしい先生。そして好きなお酒を毅然(きぜん)とたしなまれる先生、だった。

 

それも口にされるのは日本酒のみ。現役時代の話をされるとき「東京の酒はまずくてなあ。対局のときは大阪から酒入れた瓶を抱えて行ったんや」。奨励会の弟子相手にこんなことを明かされる先生。もちろん新幹線も飛行機もなくガタゴト揺られる汽車の旅。若い時から腰椎カリエスを患っておられ、それは決して楽な移動ではなかったはず。

 

「酒も呑(の)めないようでは将棋は強なれへん」。

 

これも先生の持論だった。そのころ「歩九歩九(ふくふく)会」と称して、教室の会員でメンバーが構成され、後援と慰労を兼ねて年に数回の宴席が設けられていた。

 

また、単発でも酒席のお誘いがあり、北新地やミナミの店にもお供させていただいた。先生はいつもにこやかに呑まれているのだが、どこかの合間で人生訓が入る。そして、不意に「そやろ、東君」と相槌(あいづち)を求められるのだ。私はしこたま呑まされているにもかかわらず絶対に酔う訳にはいかない。

 

お開きのあと、決死の思いで家に着くとそのまま布団に倒れこんだ。

 

17歳で1級になったころ、先生から代稽古を紹介される。それは四段になるまで続き、先方には満足してもらっているものと疑うはずもない。が、改めて挨拶に行くと「実はもっと早くお断りしようと思ってたんですが、高島先生から四段になるまで待ってほしいとお願いをされまして……」。

 

私は先生の心遣いに気づきもしなかった。

 

■『NHK将棋講座』2013年9月号より

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