趣味

自然の脅威と優しさを合わせ持つ季語「春一番」を詠もう


2013.03.04

「春一番」は船の転覆事故を起したり、雪崩を引き起したりする危険性を持つが、一方で本格的な暖かさをもたらし、木の芽を起したりする好ましい側面もある。「天為」主宰で俳人の有馬朗人氏に、季語としての「春一番」を聞いた。

 

*  *  *

 

「春一番」は、立春から春分の間、すなわち二月四日頃から、三月二十一日頃までの間に、その年初めて吹く南よりの強い風のことをいいます。ですから当然春の季語です。

 

江戸時代にも「春一番」はもちろん吹いたのですが、一般的にはこの言葉は知られていませんでした。よく知られるようになったのは民俗学者の宮本常一(みやもとつねいち)が、長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現壱岐市)へ研究のため訪問して、一九五九(昭和三十四)年に世に紹介したことによると言われています。その後「春一番」は新聞やテレビなどでよく用いられるようになりました。特に一九六三年二月十五日の朝日新聞で用いられたのがはじめだそうです。

 

気象庁によれば、石川県能登地方や三重県志摩地方では昔から使われていたとのことです。特に明治時代に入る直前の一八五九(安政六)年二月十三日に、壱岐の郷ノ浦の漁師が出漁中に強い南風にあい、船が転覆して、五十三人もの死者が出ました。それ以後「春一番」とか「春一」と呼んで、その年初めての南風を恐れるようになったのだそうです。もっともそれ以前から、郷ノ浦町では「春一」と呼んでいたものが、この遭難以後、他の地方でも知られるようになったとも言われています。

 

そのような歴史に興味を持って、宮本常一は郷ノ浦町を訪問することになったのです。そして宮本はこの転覆事件以前の一七七五(安永四)年に刊行された越谷吾山(こしがやござん)の『物類称呼』に「春一」という言葉が載っていることを指摘しています。ですから「春一」とか「春一番」は、もっと昔から多くの地方で用いられていた可能性がありますが、俳句には登場していませんでした。

 

このように、ある地方では良く知られていても、情報網が発達していなかったため季語になっていない言葉がまだ残っているに違いありません。そのような新しい季語を探すことも楽しいことです。

 

春一番が吹いた時やその直後は、気温が急上昇しますが、その翌日は逆に寒さが戻ることがしばしばです。また「春一番」とそれが伴う暖気によって、日本海側ではフェーン現象が起り、雪崩や雪解けの洪水が起ることがありますから、注意しなければなりません。

 

このような歴史から判るように、「春一番」や「春一」は新しい季語です。また「春二番」、「春三番」も季語として用いられます。「春一番」は船の転覆事故を起したり、雪崩を引き起したりする危険性を持っていますが、一方では本格的な暖かさをもたらし、木の芽を起したりする好ましい側面もあります。そのような特徴をうまくとらえて俳句を作ってください。

 

■『NHK俳句』2013年2月号より

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