趣味

退職を詠った短歌に滲む「定年」の感慨


2013.07.28

『NHK 短歌』7月号の「時の断面——あの日、あの時、あの一首」では「退職」をテーマに据えた短歌を取り上げている。解説は「塔」を主宰する歌人の永田和宏(ながた・かずひろ)さんだ。

 

*    *    *

 

定年の間近となればおのずから遠慮しているひとときのあり

 

ホチキスの部分をちぎりシュレッダーに十年分の書類を捨てる

 

仕事ゆえ謝罪したりしいくつかをなんのはずみか考えている

 

退職後の日々と題して書き始めしパソコンの日誌すぐに忘れて

 

職退きて気ままな午後の歩みなり今日は踏みゆく禁煙マークを

大島史洋『遠く離れて』

 

 

 

大島史洋は大手の出版社に勤めていましたが、その退職前後の歌には、多くの平均的なサラリーマンの、定年に際しての感慨が淡々と描かれています。

 

一首目の「おのずから遠慮しているひとときのあり」には、「定年」という言葉が強いる、ある種の引け目、意味のない後退感が、あまりにもあからさまに詠われていて苦笑してしまうほどです。しかし、これは誰にも覚えのある感覚でしょう。

 

二首目では机の整理の現場が「ホチキスの部分をちぎり」という具体によって、手触りのあるものとして示されました。三首目では、仕事だからと割り切って、謝罪したはずなのに、そんなある日の自分を、「なんのはずみか考えている」というのです。「なんのはずみか」とは詠っていますが、定年を控えて不意に蘇ってきたその思いは、会社員としてただ謝るしかなかった悔しさが、ついに忘れ去られることなく生活の時間の基底に生き続けていたことの苦い確認でもあったのでしょう。長く封印してきたはずの思いが、定年という、規範からの離脱のタイミングで不意に湧きあがったということなのかもしれません。人間というのは、そのような普段は人には見せられない思いをひそかに背負いながら歩いている存在なのでしょう。

 

勤めていた時の厳しさに比して、退職後のあっけらかんとした開放感をそのまま詠ったのが、四、五首目です。一念発起して始めた日記もすぐに付け忘れ、散歩では禁煙マークを意味もなく踏んでいくという子供じみた仕草が我ながらおかしい。楽しくも、またまぎれもない寂しさが感じられないでしょうか。

 

■『NHK 短歌』2013年7月号より

 

 

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