趣味

「碁盤は遊園地」で新境地に達した王銘琬九段


2013.07.27

第55期本因坊戦挑戦手合い七番勝負第6局(2000年)。写真提供:日本棋院

衝撃のデビューから一転、不振から抜け出せないまま10年近くを過ごした王銘琬九段。

 

「自分はリーグ戦レベルで戦える棋士ではない」――なんとも衝撃的な言葉であり、その後の王の活躍を知っている我々からすれば信じられないが、このときの王はまさに棋士生活のどん底にいた。

 

しかし「自分は弱い」ということを自身に完全に納得させたことで、初めて見えてきたことがあった。

 

そしてこの心境の変化が、手合成績にも大きな変化をもたらした。周知のようにリーグ戦への再復帰どころか、さらにその先——1998(平成10)年の本因坊戦リーグでは挑戦者決定プレーオフにまで進出し、2000年にはついに本因坊への挑戦権を獲得。さらに七番勝負では趙善津本因坊を破って初のタイトル獲得と、頂点にまで駆け上ったのである。

 

*  *  *

 

勝ちを求めてもどうせ勝てないと気付いてからは「ならば勝ちを求めず、自分が面白い、やってみたいと思う手を選ぶようにする」ということをやり始めたのです。

 

それは決して「打ちたい手を打つことで、その結果として白星がついてくる」ことを狙ったものではありません。純粋に「自分は弱くて勝てないのだから、それならば打ちたいと思う手を打った方が幸せだ」という発想でした。

 

具体的に言うと「碁盤は遊園地」だと思うようになったんですね。それまでは「勝たなければいけない」という気持ちばっかりで「スタンプラリーを早く回らなければ」みたいなことをやっていた。そうではなくて、好きなアトラクションを好きなだけ乗るような気持ちで一局の碁を打って、その結果である勝敗は「遊園地から帰るときの福引きに当たるかどうか」くらいのものであると考えるようになったのです。

 

つまり、「勝敗は神様からのご褒美」だと思って碁を打てれば、勝てないなりに幸せかなという境地です。こう思うようになった境界線は本当にはっきりしていて、それは「名人戦リーグでの全敗」以前と以後にはっきりと分けることができます。あの全敗を経験したことで「勝敗に対するこだわり」から脱却し、「碁を打つ動機」自体が明確に変化したのでした。

 

すると本当に不思議なことに、かつてあれだけ望んでいても手に入らなかった「勝利」をつかめるようになり、リーグ戦への復帰もかないました。そして2000年には、夢にも思っていなかった本因坊への挑戦権を得ることができたのです。

 

この「夢にも思っていなかった」は何の比喩でもありません。僕はリーグ戦の最終戦に4勝2敗で臨んだのですが、この一戦を落とすと陥落の可能性があったので「勝って残留」との思いしかなかったのです。この碁に勝ったあとに「挑戦者ですよ」と言われても何のことかピンとこなくて、しばらくしてから「え、七番勝負に出るの?」と思ったくらいですから。

 

妙な勢いがあったんですよね。リーグ戦でも拾った内容の碁が多かったですし……。その勢いが七番勝負まで続いて、タイトルが取れたのだと思っています。

 

■『NHK 囲碁講座』2013年7月号より

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