趣味

王銘琬九段、衝撃のデビューと挫折


2013.07.20

撮影:藤田浩司

巨匠・林海峰から現在の張栩・謝依旻へと繋がる「台湾出身棋士の系譜」に名を連ねる王銘琬が第一線に飛び出したのは、1985(昭和60)年。24歳・六段にして本因坊戦リーグ入りを決めると、その3カ月後には名人戦リーグ入りも果たしてしまったのである。

 

当時はベテラン全盛の時代であったため「超新星誕生!」と大変なニュースになった。

 

『NHK 囲碁講座』で好評連載中の「敗れざる棋士たち」。今回は王銘琬九段の栄光と挫折を聞いた。

 

*  *  *

 

当時の僕には「碁とはこういうものだ」という哲学もなく、自分で構想を立てる能力もなかった。とにかく「勝たなければしかたがない」と思っていて、手合前も対局中も「すべては勝つため」という一点に集中していました。言い換えれば「よい碁とは“勝つ碁”のこと」だと考えていたのです。

 

この考え、一面では間違っていません。棋士は勝つことを求めて日々精進し、碁を打っているのですから。しかし、先のことを考えていないというか、あまりに目の前のことしか見ていなかったことは間違いありません。

 

まあ、若いうちはこれでよかったのかもしれませんし、実際にこれで「対局すれば勝ってしまう」という時期だったのです。この勢いに乗っての両リーグ入りだったわけで、今になって振り返れば「単に運がいいだけだった」ことが分かります。

 

でも当時はそれで結果が出てしまっていたわけですから、超一流の先生ばかりのリーグ戦でも「それなりに勝てるのではないか」と思って臨みました。

 

結果は両リーグとも陥落。しかし本因坊戦リーグが3勝4敗、名人戦リーグが2勝6敗とそこそこ勝ち星も挙げることができたので、それほど大きなショックはありませんでした。「そのうちにまた復帰できるはずだし、そのときはもう少し勝てて残留もできるだろう」と、何の理由もなく思っていたのです。

 

●「このレベルでは戦えない」

 

————ところが、この「そのうちにまた〜」が大きな錯覚であったことに、やがて王は気付くことになる。その後、何年も、リーグへの復帰がかなわなかったのだ。その間、棋聖戦の八段戦と九段戦で優勝(当時の棋聖戦は現在のようなリーグ戦方式ではなく、トーナメント方式だった)し、俊英トーナメント戦でも二度の優勝を果たすなど、それなりの活躍はしていたが、やはり昔も今も「リーグ入りこそが一流の証明」である。それを果たせない王の胸中で、しだいに焦燥感が大きくなっていった。

 

リーグに入れないどころか、その予選の決勝にも進めない——7、8年があっという間に過ぎていきました。

 

ジワジワッときますんでね。「今年も駄目だったか」「ああ、今年もか」と……。

 

気が付いたら30歳も過ぎていて、このときになってようやく「あの両リーグ入りは、単に運がよかっただけだったのだ」と分かったのです。

 

■『NHK 囲碁講座』2013年7月号より

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