趣味

芭蕉が詠んだ「五月雨」は「梅雨」のことだった


2013.06.11

六月は雨の多い季節。歳時記の「夏」の天文には「夏の雨、卯(う)の花腐(くた)し、迎え梅雨、梅雨、五月雨(さみだれ)、送り梅雨、薬降る、虎が雨、夕立、喜雨」と夏の雨の名が並ぶ。

 

「同じように降る雨にこれほどの多くの名があり、その名がどれも情趣に富んでいることを知るだけで、この国がことばの豊かな国であることがわかります」と話すのは「草樹」会員代表の宇田喜代子(うだ・きよこ)さんだ。宇田さんが夏の雨を詠んだ句を紹介する。

 

*  *  *

 

家一つ沈むばかりや梅雨の沼

田村木国(たむら・もっこく)

大梅雨の茫々(ぼうぼう)と沼らしきもの

高野素十(たかの・すじゅう)

牛小屋に出水の跡のまざまざと

 棚山波朗(たなやま・はろう)

 

雨が長く降るだけでなく雨量が多く、雨脚もつよく沼の水嵩(みずかさ)が増えた様子の伝わる句です。昼となく夜となく雨が「シトシト」と降り、三和土(たたき)や畳や敷物などが「ジメジメ」と湿り、食べ物に黴(かび)が生じたり饐(す)えたりするのが梅雨なのですが、ときに掲句のようにはげしく降る年があります。そんな梅雨を「荒梅雨」と呼び、梅雨の豪雨による河川の氾濫(はんらん)を「出水(でみず)」または「梅雨出水」といいます。ところが年によって、本来であれば梅雨どきでありながら雨が降らず、梅雨の水をたよりにしていた田畑に被害がおよぶことがあります。「空梅雨」です。

 

本格的な梅雨を前にして長く降る雨を「卯の花腐し」といいますが、このころに咲く卯の花(空木/うつぎ )が腐ってしまうほどの雨というところからそう呼ばれることになった雨の名です。「卯の花腐し」につづいて「走り梅雨」「迎え梅雨」「梅雨入」とつづきます。「梅雨入」は「ついり」と読みます。このように梅雨の前後には「梅雨ナニナニ」と呼ばれることばが多くあり、そのほとんどが季語として歳時記に登載されていますので、「梅雨」の周辺季語、または傍題季語にも目を通しておくことです。

 

「梅雨晴間」もそんな季語のひとつです。読んで字の通りで、長い雨の期間にたまさか晴れる日のことをいいます。梅雨が上がって晴れることだという説もありますが、作句に際しては、多くが梅雨の晴れ間でよしとしています。加えて「梅雨晴れ間」とは表記せず「梅雨晴間」と書くほうが句が引き締まるように感じられますが如何でしょうか。

 

梅雨晴れの月高くなり浴(ゆあ)みしぬ

石橋秀野(いしばし・ひでの)

病者睡(ね)て足裏くろし梅雨晴間

石田波郷(いしだ・はきょう)

 

さて「梅雨」ですが、六月から七月にかけて北海道を除く日本列島を北上しながら約一か月居すわる「梅雨(ばいう)前線」のもたらす季節的な雨です。年によって北海道にもおよぶと聞きますが、きわめて稀(まれ)だとのことです。長い列島で最初に「梅雨入」が報じられるのが沖縄の五月。九州、本州を這(は)うようにして東北に至ります。東北の「梅雨明け」が七月下旬、というのが平均的な「梅雨前線」の動きです。かつては「梅雨入り」「梅雨明け」を何月何日と宣言していましたが、当今では各地域で「いよいよ梅雨ですね」「明けましたね」などと確認し合っています。

 

中国の揚子江以南で梅の実が熟すころに降るところから「梅雨」と呼ばれる雨ですが、これが「梅雨」と書かれて句に採用されるようになったのは明治以降のことで、江戸期の俳諧では「梅の雨」と書いていたようです。たとえば、

 

降音や耳もすふ成梅の雨

芭蕉(ばしょう)

 

と、梅の実の酸っぱさにかけた句があります。江戸期には、この雨が旧暦五月(現在の六月)に降ることから、「五月雨」と呼ばれており、句作にも「五月雨」で残っています。

 

五月雨の降り残してや光堂 

五月雨をあつめて早し最上川

 

などが『奥の細道』の名吟として今も愛誦されています。

 

「五月雨」は「梅雨」のこと、さらにはいま「五月晴」と呼んでいる五月の晴天のそもそもは「梅雨晴間」だったのです。

 

■『NHK俳句』2013年6月号より

 

 

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