趣味

1年間の餌代は250万円! 3人のお世話係がいた篤姫の猫


2019.01.15

イラスト:雉○/Kiji-Maru Works

島津家のお姫様、篤姫は、安政(あんせい)3年(1856)の暮れ、13代将軍徳川家定(とくがわ・いえさだ/1824〜58)の御台所(みだいどころ)として、輿入れしました。島津家が狆を飼育していた関係で、篤姫も大の犬好き。ところが、家定は犬を嫌っていたので、大奥では猫を飼うことにしたようです。歴史作家で武蔵野大学政治経済研究所客員研究員の桐野作人(きりの・さくじん)さんに、篤姫の飼い猫の暮らしについて教えてもらいました。

 

*  *  *

 

篤姫は天保(てんぽう)6年(1835)、今和泉(いまいずみ)島津家の姫として、現在の鹿児島市に生まれました。嘉永(かえい)6年(1853)に28代当主・島津斉彬(なりあきら/1809〜58)の養女となり、鶴丸城に入ります。

 

その後、五摂家筆頭の近衛家の養女として徳川家定に嫁いだものの、2年も立たないうちに家定が病死してしまったため、落飾(らくしょく/高貴な人が仏門に入ること)して通称天璋院(てんしょういん)と名乗りました。

 

天璋院となってからの篤姫は、そのまま大奥に残りましたが、猫の存在はその暮らしの大きな支えになったのではないでしょうか。

 

三田村鳶魚(みたむら・えんぎょ)の『御殿女中の研究』には、大奥で篤姫に仕えた旗本の娘、中臈(ちゅうろう)の大岡ませ子(猫のお世話係の1人)が語った、篤姫の猫についての記述があります。それによると、篤姫は2匹の猫を飼いました。最初の猫は「みち姫」と名付け、かわいがっていましたが、死んでしまいました。その後、別の中臈の飼い猫が産んだ子猫を1匹もらい受け、今度は「さと姫」という名前をつけ、この猫は16年間生きていました。

 

さと姫のお世話係は、ませ(ませ子)のほかに、つゆとはながいて、3人で面倒をみていたようです。

 

歴代将軍の命日や近親者の命日などの精進日が、月に7〜8日あったそうで、大奥ではこの日は生臭い魚類を食べることができません。代わりに、さと姫にはどじょうやかつお節を与えていましたが、その費用が1年間に25両(現代の価値で250万円くらい)ほどかかったといいます。日常の餌代も合わせると、かなりの費用がさと姫のために使われていたことになります。篤姫に食事を出すときに、さと姫の御膳も一緒に出されました。さと姫の食器はアワビの貝殻の形をした瀬戸物で、これを黒塗りのお膳にのせて出し、ふだんは篤姫から食べ物を分けてもらっていたそうです。

 

さと姫の首輪は、紅絹(もみ)で作ったひもで、銀の鈴をつけていました。ひもは1か月ごとに交換し、日中はいつも篤姫の着物の裾に寝そべって過ごしていたのだとか。家定には内緒で飼っていたため、家定が入ってくるときは御殿女中たちが必死でさと姫を隠したようです。

 

さと姫には専用の寝床もありました。籠の中に縮緬(ちりめん)の布団を敷いたものですが、篤姫の裾の上で寝ることもあったようです。猫が別の部屋に入ってしまったときは、「お間違い、お間違い」というと、すぐに篤姫の元へ戻って行ったといいます。

 

繁殖期になると、さと姫といえども、室内から外に出たがります。姿が見えなくなると、大奥に詰めている役人に頼んで探してもらうのですが、2〜3人ずつで「おさとさん。おさとさん」と呼びながら探す様子がおかしいと、御殿女中たちが大笑い。さと姫を巡っての楽しい大奥の日常が伝わってきます。

 

■『NHK趣味どきっ!不思議な猫世界』より

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