趣味

米長邦雄 現役最後の一局の情景


2013.05.13

米長邦雄永世棋聖
写真提供:週刊将棋

将棋を愛した文豪、菊池寛は、「人生は一局の将棋なり 指し直す能わず」という言葉を残したという。

 

文字どおり「人生を将棋に捧げる」仕事であるプロ棋士は、現役生活を終えるとき何を思うのか。昨年末、惜しまれながら亡くなった米長邦雄永世棋聖。その引退を見守った観戦記者が、美学を貫いた勝負師の姿を活写する。

 

*  *  *

 

2003年12月12日、東京・将棋会館の特別対局室で米長の引退対局が行われた。同日に特別対局室で対局予定だった羽生善治名人(当時)と森内竜王(当時)の提案で、事前に将棋連盟手合課を通じて大先輩に花道を用意した。後輩の粋な計らいも手伝って米長は最高の舞台で最後の一局に臨んだ。

 

対戦相手の郷田真隆九段(当時)も和服を身にまとい、対局室はふだんに増してより厳かな雰囲気につつまれていた。筆者を含めた多くの報道陣は、その緊迫した空気のなかで息を呑みつつカメラを構えた。

 

対局は角換わり模様の出だしから、後手番の米長が力戦形のねじり合いに持ち込んだ。難解な終盤戦を迎えたが、踏み込みを欠いてチャンスを逃してしまう。40年の現役生活で 数々の修羅場をくぐり抜けてきた米長だったが、有終の美を飾ることはできなかった。

 

感想戦が終わると、郷田は速やかに対局室を出た。報道陣が米長に取材をしやすいようにとの配慮だったのだろう。対局室の厳しい空気が和らぐと、米長は寂しげな表情を浮かべつつ報道陣に頭を下げた。関係者から米長に花束が贈られると、「おつかれさまでした」と声がかかった。米長は気持ちの整理がついたのか笑顔を浮かべた。

 

「これから新しい人生のスタートです。応援してください」と語り、颯爽と対局室を去っていった。後日に行われた記者会見で、「王将リーグで若い人に、いいはなむけをしていただいた。この世で最も大事なのは美しい別れですよ」と米長らしい洒落た言い回しで現役生活に終止符を打った−−。

 

米長は引退から2年後の2005年に将棋連盟会長に就任し、リーダーシップを発揮し続けた。何事にも積極的で前向きが米長のスタイルだった。瀬川晶司プロ編入や名人戦移管問題、公益法人改革など大胆な勝負術を駆使して将棋界の発展に尽くした。2009年に前立腺がんの治療中であることを明かしてからは、さらに勢いが増した感さえあった。

 

しかし、2012年の初夏を迎えたころ、目に見えて衰えが感じられた。挨拶をしても「おうおう、元気でやっておるかね」というお決まりのひと言が聞かれなくなり、公の場に姿を見せることがめっきり減った。引退会見で語っていた「美しい別れ」を意識してのことだったと思う。訃報を知ったとき悲しい気持ちよりも信じられない気持ちのほうが強かったのも、米長が最後まで弱みを見せずに勝負師魂を貫いたからかもしれない。

 

おかげで理事室の前を通るとき「元気でやっておるかね」の声とともに扉が開くのではないかと期待してしまう。希代の名棋士は我々ファンの記憶の中で生き続けている。

 

■『NHK将棋講座』2013年4月号より

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