趣味

あけっぴろげな「逢坂の関」


2013.04.11

未来短歌会所属の歌人 野口あや子氏は蟬丸の次の歌が昔から好きだったという。

 

これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬも逢坂の関 (蟬丸『後撰和歌集』)

 

「昔からこの歌のあけっぴろげなリズム感が好きで、どういう技法が施されているからこんなに好きなのか、大学の講義では毎年蟬丸の回はモグってでも聞いていた」と野口氏。しかし、「毎回、蟬丸の歌には『まあ、意味の通りですよね』と3分程でスルー。どうやら大学生に根をつめて教える技法や単語がないのだとわかった」とか。

 

『NHK 短歌』で好評連載中のシリーズ「私の好きな古典」。今回は野口氏が蝉丸の歌を解説する。

 

*  *  *

 

歌の意味は、蟬丸が庵をかまえていた逢坂の関を見たままのごとく読んだもの。「これがまあ、京を出て東国に行く人も都に帰る人も、そして知っている人も知らない人も別れては逢うという逢坂の関なのだなあ」。確かに説明するまでもない内容だ。修辞も技法もあったものじゃないありのままの作風。『百人一首』では第三句の「つつ」は「ては」となっている。

 

でも、私だったら住んでいる街や近くの関のことをこんなに飾り立てずに歌えるだろうか。もちろん、私が住んでいる名古屋ももちろん、人は行くし帰る。知る人も知らぬ人もすれ違っている。(でも人はおせっかい)(それでも人に去られて残るのはさみしい)(でも寒い)(でもバスの本数が少ない)(家が散らかっている)(風呂が汚い)(台所で得意料理とか何も作れない)(というかひょっとして枕にカビ生えてるかも)。

 

私はどうやら、住まいや住まいの近くを紹介するのに後ろ向きな、言い訳がましい気持ちになりやすいようなのだ。そういえば、小学生の時からかたづけや収納が大の苦手で、友達が来るときは散らかしたものにかわいい風呂敷やカフェカーテンをかぶせて「布達磨(ぬのだるま)」みたいな部屋を作っていたのを思い出す。子供ながらに部屋にも他人にも言い訳がましい収納法である。

 

でも蟬丸はきっとそうじゃないだろう。逢坂の関の歌は、「ここ、俺の庵のそばの逢坂の関だよ、人とか通るよ、帰る人も行く人もいるよ。ここ座布団無いから俺のコートお尻に敷いて使って。ちなみにトイレは左曲がってすぐだから好きに使って。ただ水は流れないよ。蓋はしといてね。」とか言って人を招ける、言い訳のない、かっこいいおうち紹介をするだろう。蟬丸のおうち、きっとあけっぴろげでかっこいい。作風がこんなに開放的だもの。

 

私も蟬丸を見習って、散らかしたものは買い集めた100円均一のピンクの箱に入れるまでにはグレードが上がったのだが、今度はどのピンクの箱に入れたのか忘れることが増えた。「ええよ、その辺の箱に入ってるから、好きに漁って。」とお客様に言うことにしよう。箱の隙間から水で茶色くちょっと錆びたヘアピンが出てくるよ。

 

■『NHK 短歌』2013年4月号より

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