趣味

石倉昇九段、恩師を驚かせた気迫の一手


2017.04.08

撮影:藤田浩司

毎回大人気を博すNHK囲碁講座の分かりやすい講義をはじめ、母校・東大で「単位の取れる囲碁の授業」を全国で初めて開講するなど、普及面で活躍し続ける石倉昇九段。今回は対局者としての横顔をご紹介します。

 

*  *  *

恩人の小林名誉棋聖との初手合

 

今から12年前に打った小林光一名誉棋聖との一局から、今回の「一手」を選びました。

 

小林先生には本当にお世話になりました。私が24歳で銀行を退職してプロ試験を受けようというときから、先生のお宅の研究会に入れていただき、棋士になって五段になるくらいまで通っていたのですね。片岡聡九段や、弟子の大矢浩一九段や…若手棋士から院生まで大勢が集まる研究会でした。そこでいろいろ勉強させていただきました。

 

昔の先生は「こう打つものだ」と感覚的に話されることが多いのですが、小林先生は論理的に説明してくださいました。具体的に図を示し、形勢も「感じ」ではなく、しっかり計算する。こちらが分からないと、「では続きを打ってみよう」とおっしゃって、結果を数字で見せてくださる。説得力がありますよね。

 

小林先生からはたくさんお言葉を頂いているのですが、最も印象に残っているのは、「多少形勢がよくなる場面がある。でも、そういうときに緩んでいたら、すぐに負けるぞ」というものです。私は緩む癖があるので、よく言われましたね(笑)。形勢がよいときも、最善を尽くしていかないと勝ち切るのは難しい。プロの世界では身にしみることですね。

 

私はプロになるのが遅く、感覚的には覚えにくかったので、小林先生の分かりやすい説明は本当にためになりました。先生の教えがなければ、プロ試験も通っていなかったかもしれませんし、九段にはなれなかったでしょう。私にとって、先生は本当に恩人なのですね。

 

私はアマチュアの方に教える機会が多いのですが、「分かりやすく」「かみ砕いて伝える」ことを心がけています。先生の考え方は、私の教え方の基盤にもなっていると思います。

 

小林先生とは、初手合でした。対局が始まる前から、自分の実力がどれだけ通用するのかとても楽しみにしており、とにかく、思い切り打とうと思っていました。

 

対局が始まってからは、相手のことを考えずに、無心で打てたように思います。

 

では、局面図をご覧ください。黒59とトンだ場面で、私の白番です。

09189022017_p042_01

 

私は周りの人からは「論理的で、計算が強い」と思われているようなのですが、実はそれは調子が悪いときなのですね。いいときは気迫で勝負している。気合いで戦っていくのが自分の本領だと思っています。

 

この対局が打たれた年は好調だったこともあり、ここで、自分としては気合いのこもった一手を打つことができました。

 

局面図までにも、気合いの手がありました。1図、igo(局面図の黒39)と打たれた場面です。igoはさすがの様子見。白の受け方を見て、右上の打ち方を決めようとしています。白1の押しは黒6がぴったりの好手です。

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2図、白1のオサエも黒12まで白苦戦。igoの相手をしていると黒ペースにされてしまうのですね。そこで、右辺は手を抜き、局面図の白40と隅に連打していきました。

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局面図に続いては、右辺がまだ治まっていませんので、常識的に考えれば、3図の白1とマゲるところです。すると、黒2ときます。これが相場ですが…この結果は、右上と右辺を足した白地と右上一帯の黒地が同じくらい。左辺の白地と下辺の黒地が同じくらい。左上の黒地が余っており、さらに白3と打っても上辺の白が弱い形。これでは黒がはっきり優勢です。この図は選べないと思いました。
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調子が悪いときなら、「ここはこんなものだろう」と自分の頭の中で決めつけて、3図の白1と打ってしまったかもしれません。でも、頭で考えるだけでは、強い人にはなかなか勝てません。ときには、「常識」や「相場」といったものを吹っ切る気迫が大事だと、この碁を見て改めて思います。

 

ここで、私が打った一手は、4図の白60です。勝負を懸けて、頑張ってみました。
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4図に続いて、5図の黒61には白62と右辺も守りました。そして、黒67まで上辺は捨てて、白68に回り、逆に右上の黒を攻めようという迫力で打ったのです。

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黒は69から逃げるのですが、白74のように、自然に白石が形の急所にきます。また、攻めている間に、白76まで、左側が白っぽくなってきました。さらに、白には楽しみがありました。

 

6図の黒77と守ったときに、白78が、5図の白68 と打ったときからの狙いでした。

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白80までとなった結果、上辺の黒地は大きくなりましたが、右上と右辺の白を足した地と同じくらい。下辺と左辺では、左辺の白のほうが少し盛り上がっています。中央の黒がまだ弱いので、のちに黒a、白bとなりましたが、左辺はさらに盛り上がります。この時点で白が優勢になったと思います。

 

相手をびっくりさせるような手を

 

結果は白の3目半勝ちで、本戦に進むことができました。ずっと小林先生を意識することもなく無心で打てたのですが、最後の勝ちが見えてきたころにはドキドキし始めましたね(笑)。終わったあとは、何とも言えない充実感がありました。

 

私は普及の仕事が多いのですが、恩師に勝つことができ、ようやく対局者としても一人前になれたかなと思います。

 

この碁のあとは小林先生と2時間半も検討をしました。亡くなられた加藤正夫九段が熱心に加わってくださったこともありがたく、印象深い思い出です。

 

今回の「白60」は、常識からは離れた、やや無理気味な一手なのですが、それが流れを変えたのですね。私の場合、頭で考えているだけでは、とても上のほうでは勝てません。「気」で勝つしかない。こういう気迫がほとばしったときに勝てるのだなと思います。

 

小林先生に「この手にはびっくりしたよ」と言っていただけたように、これからも相手をびっくりさせるような手を交えながら打っていけたらと思っています。

 

※この記事は11月20日に放送された「シリーズ一手を語る 石倉 昇九段」を再構成したものです。

 

■『NHK囲碁講座』2017年2月号より

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