趣味

小林光一名誉棋聖、棋聖8連覇を懸けた一局で打った「不思議な一手」


2017.02.08

撮影・小松士郎

「毎年、必死に一生懸命やってきたことが積み重って」と振り返る小林光一名誉三冠(棋聖・名人・碁聖)。中でも印象深いのが棋聖8連覇を懸けたシリーズとのこと。今回は、その中から「一手」を選んでいただきました。

 

*  *  *

 

棋聖8連覇を懸けた一局

 

加藤正夫九段との第17期棋聖戦の第7局から、「一手」を選びました。加藤さんは、棋聖を獲得すればグランドスラム達成でした。私が8期棋聖位だった間に、加藤さんとは七番勝負を3回も対戦したのですが、加藤さんの気迫には、すさまじいものがありましたね。

 

私は5連覇までは4勝1敗で防衛することが多かったのですが、6期目から急に苦しくなって、この8期目のシリーズも、1勝3敗と序盤から角番に追い込まれました。4局目の負け方がつらくてね…整地するまで半目勝ちだと思っていたんです。計算を間違えるなんて、自分にとっては本当にびっくりするようなことで「このシリーズは、これで駄目にしたかな」という気持ちになりました。

 

それから何とか2番返して、この局を迎えたわけです。

 

私が旭川から出てきて12歳で木谷實先生の内弟子に入ったときは、兄弟子の加藤さんは、九段陣をバタバタ負かす強い二段でした。ふだんは温厚で、面倒見がよくて、皆から慕われていましたが、ひとたび碁盤の前に座ると、まあ強くてね(笑)。私も何局も負かされて、鍛えていただきました。私だけではなくて、弟弟子、妹弟子といちばん打ってくれた先輩。ありがたいですよね。やはり打ってもらうのがいちばんうれしいし、勉強になりますからね。本当にお世話になった先輩です。

 

棋士になってからもトータル成績で、加藤さんには負け越しているんです。この7局目は、「2番返したので、流れは自分にきているかな」という思いもありましたが、3勝3敗の五分に戻しただけ。勝てる保証はありません。相当な気持ちで臨んだことは覚えています。

 

では、局面図をご覧ください。

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ここまでは、いい勝負だと思います。黒27と肩ツキを打って、白28の押しから32とスベられた局面。私の黒番です。

 

右辺の黒三子を攻められると、一気に主導権を取られて負けになりますので、それは避けなければいけません。

 

どのように補強するか、ということなのですが、常識的な手ではちょっともの足りない。それで、何かないかと考えていて、何となくひらめいた手なのですね。そのとき「この手以外はありえないな」とピンとくる感じがあり、どうしてもそこに打ちたくなった。それはよく覚えています。

 

過去にない手ですね。見たことがないし、このあとに打った人もいないと思います。どう表現したらよいか…不思議な手でしたね。

 

1図の黒1のマゲは補強の手ですが、気乗りがしませんでした。なぜかというと、白2とカカられたときに、私は黒3から5とコスむ予定だったんですね。すると、堅いところをマゲた格好で、白に利きません。値打ちの低い手になっていて、うっかりすると白6から攻められる可能性もあります。

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いちばん常識的なのは2図の黒1、3のツケノビです。でも、左下の幅が狭いのが気に入りませんでした。盛り上がる感じもしませんし、白12に打たれるのも心配ですしね。
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あまり覚えていませんが、30分くらい使ったかもしれません。ここで、私は、3図の黒33と打ちました。碁の辞書にはない手ですが、思い切ってやってみたんですよね。

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私はどちらかというと、目的のはっきりした手を打つ場合が多くて、相手に手を渡すというタイプでもないのですが(笑)、この手は「間合いを取った」という感じです。右辺の黒三子に援軍を送りつつ、右下に若干の狙いを見ながら、全体的な間合いを取った手。今見ると、こんな手をどうして思いついたかと不思議ですが、もしかすると、加藤さんも意表をつかれたかもしれませんね。振り返ると、この一手によって、この碁をものにしているような感じはします。勝着とは言えないけれど、勝因になったかもしれません。

 

続いて白は、4図の34と受けるところ。黒35は俗な手ですが、この場合はいいと思いました。黒37まで後手ですが、条件が整えば黒aの狙いがあります。それで、「さあ、どうされますか」と尋ねたわけです。

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白38のカカリは白の権利で、黒41までとなるところ。ここで、加藤さんはハタと困ったかもしれません。手の広い場面で、どう打つか非常に難しいのです。

 

白42は、気迫のこもった勝負手。まさかこんなところに打ち込んでくるなんて、夢にも思いませんでした。白bは黒cで、打ち込む機を逸すると思われたのかもしれません。ただ、5図の黒49と少し緩めて止めたのがこの場合はいい手。左辺を荒らされても先手を取り、黒65のツメに回って地合いのバランスは取れています。白は80の備えが必要。黒83と待望のボウシに回りました。 09189012017_p048_06

碁は、一手一手が創造

 

 

局面図から比べると、左辺の白はまだ弱く、黒は三子を補強して、なおかつ中央に10目くらいの地がつきそう。全体的にも黒が手厚く、このあたりで打てそうだなと思いました。

 

今見ても、黒33はなかなかの着想でした。私は、趙治勲さんと違って(笑)、逆転して勝つタイプではないんです。先行逃げ切り。その意味で、大逆転で勝利できたこのシリーズは印象深く、最終局だったことも加わって、本当に印象深い一手ですね。

 

7局まで進むと2か月半の長丁場です。対局のないときもずっと戦っている感じがあり、すべてを出し切って疲れ果てるのですね。一年一年必死にやっていただけで、いつの間にか8連覇していたという感じです。

 

60歳を過ぎて名誉称号を名乗るようになって、やはり、それは囲碁界の代表という形で扱われますので、重みを感じています。

 

私もよい年齢になったのですが、囲碁は、どれだけ打っても、常に面白みが出てきます。一手一手が創造ですからね。面白みに出会う…そうした対局ができることがいちばんの気概ですし、生きがいですね。

 

※この記事は2016年10月23日に放送された「シリーズ一手を語る 小林光一名誉棋聖」を再構成したものです。

 

■『NHK囲碁講座』2017年1月号より

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