趣味

院生時代の井山棋聖を救った母の言葉


2013.04.14

史上初の六冠に輝いた井山裕太棋聖に、「特に記憶に残っている」という3つの試練を聞く本シリーズ。

 

日本の小学生の中ではナンバーワンだった井山は、中国で大きな挫折を味わう。これが最初の試練「“世界”を知った中国での経験(リンク)」だった。

 

中国から帰国後、日本棋院関西総本部の院生となった井山は、その圧倒的な知名度と素質から「すぐにでも入段を果たすのではないか」と見られていた。実際、すぐにBクラスからAクラスに上がったのだが、この最上級クラスには年上の実力者が数多く在籍していたため、思うように勝ち星は伸びなかった。

 

のみならず、4年生となってからの院生対局で大きく負け越し、Bクラスに転落してしまったことがあったという。さすがにこれはショックだったそうで、井山はこの時期を「第二のつまずき」と位置付けている。

 

今回は二番目の試練「転落を救った母の言葉」を紹介する。

 

*  *  *

 

院生になったとき、当然ながら僕は最年少で、一番上は大学生ぐらいの年齢の人がいたでしょうか。Aクラスになるとさすがに皆さん強く、星が伸びなかったうえに、碁の内容もよくありませんでした。そしてBクラスに落ちたときはその落ち込みがピークで、思うような碁が打てず、どうしていいか分からなくなっていました。

 

家に帰ってから自分の部屋で泣いていた記憶があります。

 

そうした僕の姿を見て、母が言ってくれた言葉が、僕の気持ちをすっと楽にさせてくれました。はっきりと覚えているわけではないのですが、おおよそ次のような言葉でした。

 

「私はあなたが碁をやっているから、碁が強いから大事なわけじゃない。碁がすべてじゃないし、碁をやっていようがいなかろうが私の大事な息子だから」

 

それまではずっと「碁が楽しい」と思ってやってきました。しかし院生になって結果を求め始めていたので、「プロの何たるか」をどこまで理解していたかは微妙ですが、純粋に碁を楽しめなくなっていたのでしょう。それが母の言葉を聞いて、自分の中にため込んでいたものが軽くなった気がしました。

 

そう思えてからすぐにAクラスに復帰して、翌年の5年生時には「かなりプロ入りが近くなった」という手応えをつかむことができました。

 

この年に決めれば趙治勲先生の史上最年少入段記録を更新するということで、周囲もかなり期待してくれていたのですが、この年はあと一歩のところで逃してしまいました。

 

これも本当に悔しい出来事で、「もうこんな思いは絶対にしたくない」と勉強量も増えました。このかいあって、次の年に入段を決めることができたのです。うれしいというより「ホッとした」というか、脱力感を覚えたことをよく記憶しています。

 

■『NHK 囲碁講座』2013年4月号より

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