趣味

春の季語「桃の花」の意味するもの


2013.03.21

春の季語「桃の花」は、古来、中国の詩集でも美しく、好ましい花として表現されてきた。「鶴」同人の大石悦子氏に、その魅力を聞いた。

 

*  *  *

 

桃は中国黄河流域地方を原産とするバラ科の植物で、わが国には弥生時代に渡来したといわれています。当時の果実は小さくて固く食用に適さなかったため、もっぱら花桃としてそのあでやかな花の色が愛でられたといいます。

 

中国最古の詩集『詩経』には、嫁入りどきの若い女性を詠うたった「桃夭(とうよう)」という詩がのりますが、その一節で、「桃の夭夭(ようよう)たる 灼灼(しゃくしゃく)たる其の華」と桃の花が詠われています。

 

「夭夭」は若々しく美しいさま、「灼灼」は明るく照り輝くさまのことですから、桃の花にたとえられる女性がいかに若く美しいか、また、桃の花がいかに美しく好ましい花であったかが思われます。

 

また、中国では桃の木は霊木として厄災を祓(はら)う道具にも作られました。節分の追儺(ついな)式に用いる弓は桃の木で作ると聞きますし、桃の実は仙果(せんか)として、『古事記』に伊邪那岐(いざなぎ)神が黄泉軍(よもついくさ)に桃の実を投げ、この世に帰ることが出来たと記している通りです。

 

白川静氏の『字統』によると桃という字の旁(つくり)の「兆」は、「亀卜(きぼく)などの、灼(や)けたわれめをいう」とあり、獣の骨や甲羅を焼いて出来る罅(ひび)や割れ目によって占いをするように、桃の木がその能力を持つ木とみなされてきたことがわかります。

 

中国の伝奇小説には不思議な力を持つ桃の実が登場しますが、そのこととも関係があると思われます。

 

私たちに親しい桃の花の歌は、『万葉集』巻一九の冒頭に出る、大伴家持(おおとものやかもち)の次の歌ではないでしょうか。

 

春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ乙女

 

この歌は家持の代表歌として教科書に採用されることも多く、実際、私も高校の教科書で知り、それ以来の愛誦歌(あいしょうか)となりました。春の苑に咲く紅色をした美しい桃の花、その花の光のさす道に佇たたずんでいる乙女よ、との呼びかけに立ち止まらない少女はいないでしょう。時の隔たりを感じさせない平易な言葉で語られる歌に私の心は揺さぶられました。そもそもそのことが、『万葉集』に関心を抱くようになった始まりだったことを懐かしく思い出します。

 

■『NHK俳句』2013年3月号より

 

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