趣味

失恋の後に恋を知った歌人


2013.03.21

『NHK 短歌』で好評連載中のシリーズ「私の好きな古典」。2013年3月号では「心の花」所属の歌人・駒田晶子氏が和泉式部の一首を挙げ、思い出を振り返っている。

 

*  *  *

 

あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな(和泉式部『後拾遺和歌集』)

 

古典が苦手な女子高校生だった。古典文学が苦手なのではなく、文法に自信がない。うへぇー、これ、何だったっけ……と思いながら、今も変わらず、古語辞典をめくっている。

 

文法は吸収できなかったが、古典の世界は堪能した。『あさきゆめみし』という十三冊の漫画で。『源氏物語』が、ほぼ忠実に、少女漫画に描かれている。光源氏、頭の中将、薫、柏木などの男性陣は美しく、取り巻く女性たちも、それぞれに魅力的だ。漫画家の大和和紀は、登場人物を、うまく描きわけていた。わたしが一番好きだった朧月夜は、黒目がちな瞳が魅力的で、顔のまわりの髪の散らし方も冴え冴えとした、くっきりと意志を持っていそうな女性に見えた。

 

掲出歌は、『小倉百人一首』に収められている。高校生時代、自分の力では現代語訳できず、まず、意訳を読んだ。わたしの命は、もう長くありません。あの世へ持って行く思い出に、もう一度、あなたに逢いたい、という。「あらざらむ」が、わたしはもう死んでしまうだろう、という意味なのか、と知ったときの衝撃。出だしのたった五文字で、すごい内容を言い切れるんだなぁ。「この世のほか」って、あの世のことか。「もがな」って、願望を表すのか、など。

 

一首を一読し、まったく意味がわからなかったので、情熱的な内容がわかったとき、ぱぁっと目の前が明るくなったような気がした。

 

当時の副読本だっただろうか、和泉式部は、恋の歌を多く作ったと書いてあった。関係ある映像作品のひとこまなのか、眉が太く短い、肉感的な男女の写真が添えられていて、あまり美人じゃないのにモテたんだなぁ、と勉強に関係ないことを考えていた。

 

当時のわたしは、待ち合わせて映画に行ったり、お茶を飲んだりするボーイフレンドはいたが、身を焦がすような恋、ではなかった。だんだん彼から電話が来なくなり、自分から問い詰めるほどの情熱もなく、人づてに、彼は、あたらしい彼女ができたんだって、と聞いた。ああ、そうか、これが失恋か。わたしはこれから、いい恋ができるだろうか、したいなぁ、と思った。十七歳だった。

 

和泉式部が、この世から去る前にもう一度逢いたい、と願った人は、誰だったのだろうか。今までも、これからも、ずっと謎のままだ。

 

■『NHK短歌』2013年3月号より

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