趣味

謎だらけの絵巻「鳥獣人物戯画」


2015.05.18

兎(うさぎ)が相撲を取り、蛙(かえる)が田楽を踊り、双六(すごろく)盤を担(かつ)いだ猿が画面を横切ってゆく。擬人化された動物たちの愉快な姿を、墨一色で伸び伸びと描いた《鳥獣人物戯画》は、平安時代末期につくられた絵巻の中で、最も広く日本人に知られ、また愛されてきた作品ではないだろうか。にもかかわらず、おおまかな制作年代以外、注文主や絵師が誰なのか、そもそも何の目的にためにつくらせたのか、どんな経緯で高山寺(こうさんじ)に伝来したのか、という基本的な部分さえ明らかになっていない、「謎の絵巻」でもある(何かと《鳥獣人物戯画》とセットで名前の挙がる明恵上人〈みょうえしょうにん〉も、もちろん絵巻の作者ではない)。

 

その絵巻の全体像を紹介する展覧会が、東京国立博物館で予定されているのだ。4巻それぞれの特徴を日本美術を主な領域とするライター、エディターの橋本麻里 (はしもと・まり)さんが解説する。

 

*  *  *

 

甲巻は11種類の擬人化した動物、乙巻は15種類の動物が登場

 

現在、甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)の4巻を1件の作品として《鳥獣人物戯画》と呼んでいるが、展覧会場でひと目見ればまさに一目瞭然、実はそのスタイルや内容はバラバラで、同じ時代に、同じ筆者の下、一群の作品として制作されたものではないらしい。展覧会を担当した土屋貴裕研究員によれば、かつて明恵上人によって再興され、仏教美術の一大拠点になっていた高山寺へ引き寄せられるように、動物たちが生き生きと描かれた絵巻が納められた──ただし誰が描き、誰が納めたものかはわからないし、明恵上人自身も絵巻を目にはしていない可能性が高いという。

 

よく目にするのは甲巻の一部だけなので、ここでは4巻それぞれの特徴を紹介していきたい。甲巻乙巻は12世紀後半の制作、かつ同一筆者だとされる(甲巻の中で筆者が替わっているという説もある)。甲巻には兎、蛙、猿を中心に11種類の動物が登場し、人間さながらに遊んだり、法会(ほうえ)を催す様子を伸びやかに描いていた、ファンタジックな世界が繰り広げられる。近年の修復から明らかになったこともいくつかあり、常に大きな注目を集めてきた作品だ。乙巻は擬人化をせず、まるで動物図鑑のように15種類の動物たち(空想上の霊獣〈れいじゅう〉や虎〈とら〉や象など異国の珍獣なども含む)を、あくまで動物として描いている。途中、牛たちがぶつかり合って戦う場面は、《年中行事絵巻》の園韓神祭(そのからかみのまつり)に描かれる「角合わせ」の行事に似ていることから、《年中行事絵巻》に近いところで制作されたのではないかとも言われている。

 

丙巻は擬人化した動物と人間、丁巻は人間だけが登場

 

丙巻になると、今度は人間が登場する。彼らも囲碁や双六、将棋や取っ組み合い、互いの首に細い布をかけて引き合う「首引き」など、滑稽な遊びに興じ、画面には俗な笑いがあふれている。後半は一転、甲巻と同じく擬人化された動物たちが遊びを繰り広げるのだが、兎の出番は少なく、主役は猿と蛙。丙巻、丁巻とも制作されたのは鎌倉時代だが、丁巻ではガラリと画風が変わり、登場するのも人間だけ。ラフで即興的な筆線で、曲芸や鞠打(まりう)ち、流鏑馬(やぶさめ)や田楽、法会など、滑稽な場面とシリアスな場面が交互に続く。法会に列席しているはずの貴族が1人だけ、まるで前の場面に描かれた、木遣りの騒ぎを聞きつけたかのように振り返っている姿は、丁巻の筆者ではないかとも言われている。

 

いずれにしても、各巻が互いに全く無関係とは言えず、かといって最初から一連のシリーズとして構想されたわけでもない、ズレながらも共有する要素がそれぞれにあるため、解釈の難しい絵巻として、昔から研究者たちを悩ませてきた。今回の展覧会でも「結論」は出せないけれども、全巻展示の機会に、ただ愉快なだけではない《鳥獣人物戯画》の魅力を、ぜひ味わってほしい。

 

※特別展「鳥獣戯画─京都 高山寺の至宝─」は2015年4月28日(火)から2015年6月7日(日)まで、東京国立博物館 平成館 特別展示室にて開催されています。

 

■『NHK趣味どきっ! 国宝に会いに行く 橋本麻里と旅する日本美術ガイド』より

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