趣味

木谷實九段が絶賛した宮沢吾朗九段の少年時代


2014.12.12

宮沢吾朗九段 撮影:小松士郎

碁界一のファイターとして、一部のファンから絶大な支持を受けている宮沢吾朗(みやざわ・ごろう)九段。新人王戦における二度の優勝のほか、十段戦での挑戦者決定戦進出、三大棋戦において計6期のリーグ入りなどの実績を残してきた。

 

その大器ぶりは木谷實九段への入門時のエピソードが余すところなく伝えている。木谷九段が北海道で宮沢少年を発掘して東京に連れてきた際、上機嫌で「今度の鯛はとびきり生きがいいぞ!」と語ったというのである。

 

その入門に至るまでの少年時代を振り返ってもらうことにしよう。

 

*  *  *

 

実は男5人、女3人の8人兄弟でして、僕はその末っ子。父が北海道の帯広ではちょっとした打ち手だったことで、全員が碁を打つのですが、僕は3番目の兄に手取り足取り教わりました。小学校4年生のときだったと思います。

 

そして「碁とは相手の石を囲むものだ」と教わったのです。だからそのとおりに「相手の石を囲もう」──つまり「相手の石を取ろう」とするようになって、それが今の棋風にもつながっているのかもしれません。

 

その3番目の兄が軍隊方式というか、何でも命令してくれて「お前は毎日碁会所に通え」ということになりました。学校には行かなくても碁会所を休んだら駄目だ、みたいな。それがよかったのでしょうか、6年生になったときは四段になっていました。

 

この年、昭和36年でしたけれども、毎年お弟子さんを連れて北海道を回られる木谷實先生が帯広に来られた。それでどういう経緯かは知りませんが僕が呼ばれ、お弟子さんに打っていただいたのです。このときに気に入っていただけたのか、そのあとに先生が釧路へと足を延ばしたときにも僕は呼んでいただき、やはりお弟子さんたち──柴田寛二先生、上村邦夫先生、久島国男先生──にたくさん打っていただいたのです。

 

いずれの先生にも三子から教わったのですが、すぐに四子、五子になってしまいました。僕としては信じられない思いでしたが、子供心にプロのレベルの高さというか「ものすごい世界なんだ…」ということを肌で感じたものです。そしてプロの世界への憧れが生まれました。

 

で、木谷先生から「東京に来て修業をしてみないか?」というような手紙を親のほうに頂き、僕はもう飛び上がって喜びました。そしてこの年の12月、帯広をあとにして、神奈川県平塚市の木谷道場へと入門したのです。

 

なお「今度の鯛は──」の話ですが、僕自身は聞いていません。本当に木谷先生がそんなことを言われたのでしょうか? どこの世界にもこうした話をおもしろおかしく作る人がいますからね。でも、もし本当に先生が言われたのだとしたら「その期待を裏切る結果となってしまい申し訳ありません」と心からおわびするしかありません。

 

■『NHK囲碁講座』2014年12月号より

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