趣味

碁を愛した中野孝次さんに趙治勲二十五世本因坊が伝えたいこと


2014.11.29

イラスト・石井里果

この6月、ゆうちょ杯という棋戦が創設された。新棋戦誕生は碁界にとっては大変嬉しいことだが、趙治勲(ちょう・ちくん)二十五世本因坊は、さらに違った意味で心が熱くなったと語る。

 

*  *  *

 

正式な名称は、「第1回ゆうちょ杯 囲碁ユース選手権――中野孝次メモリアル」。中野孝次さんの名前が刻まれて、本当によかった。この棋戦設立に携わったすべての方々に感謝します。

 

中野さんは作家として成功。『清貧の思想』、『ハラスのいた日々』は、読まれたことのある読者も多いでしょう。中野孝次基金を立ち上げ、それをもとに「中野杯U20選手権」を作ってくれた。20歳以下の棋士と院生に限定された棋戦で、とにかく碁界の未来を心配されていました。中野杯は昨年の第10回大会まで続き、それが今回、ゆうちょ杯に移行したわけです。

 

第1回中野杯は04年でした。中野さんは決勝戦を楽しみにしていたんだけど観戦はかなわなかった。関西棋院の瀬戸大樹さんの優勝の報告を受けて一か月くらいあとだったかなあ。天国にね、いっちゃったんだ。

 

今月は中野先生のお話をしましょうか。先生の著書は難しいのが多くて、正直、あまり読んだことがないです(笑)。ただ、囲碁が大好きで、ぼくが本因坊だったころは観戦記を書いてもらったこともあります。そんなときは記録係や勉強に来ている若手棋士をつかまえて、よく碁を打っていたなあ。夜の娯楽室での定番の風景でした。たしか三子か四子置いて、勝ったり負けたりの成績だったと思います。

 

あるとき、ぼくにこう聞いてきました。

 

「プロが真剣に打ったら、オレは何子くらいだろうか」

 

きっと疑念を抱いていたんでしょう。自分が棋士に三、四子置いていい勝負になっていたことに。

 

困っちゃってね。ぼくはアマチュアの方と打つときは、喜んでもらうのをいちばんに考えているから、ほとんど勝ったことはないんですよ。だから、「先生、まじめに答えていいんですか」と聞き返したわけ。そしたらまじめに答えてくれって言う。こうなったらもう打つしかないと思ってね。「ぼくは真剣に打つから、勝てると思う数を置いてください」って言ったの。

 

何子だったかなあ。はっきり覚えていないんだけど、たしか、星目ではなかった。でも、五子よりは多かった。六〜八子の間だったと思う。結果は、黒の石をボロボロにしちゃった。先生、悲しそうな顔をしてね。でも、これで皆さんには先生の実力が何となく分かるでしょ。自分の力量に疑問を感じるのは、相当な棋力がないと無理ですからね。それとも、作家だけに、真実を覗(のぞ)いてみたかったのかな。

 

不思議なものでそれからなんです、先生と縁ができたのは。いろいろと気にかけてくださり、ぼくが調子を落とすと励ましの手紙を送ってくれてね。今でもよく覚えているのは最後に必ず、「返事はいらないから」の一文があったこと。これが何よりうれしかったし、ホッとしたなあ。だって作家の先生に手紙を書くのは気が引けるから(笑)。以降も一緒に対談集を出したり、テレビに出たりもしました。

 

晩年、硯(すずり)をもらってくれと言われました。今思えば死期を悟っていたのかなあ。ちょっとお会いしたときにサラッとこう頼まれて。結局そのまま進展はしませんでした。これからあの世へ行く人間からものをもらっても負担になるだけと思ったのかな。思いやりのある先生だったからね。

 

前略、中野孝次先生。日本の若手、育ってきていますよ。

 

■『NHK囲碁講座』2014年11月号より

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