趣味

明るく冗談が好きだった芹沢博文九段 弟子が語る師匠の思い出


2014.09.12

佐藤義則八段(右)、芹沢博文九段 写真:河井邦彦・日本将棋連盟

芹沢博文(せりざわ・ひろぶみ)九段は将棋以外にも多才な人だった。観戦記やエッセイなどの文筆、テレビやラジオへの出演などなど。また「将棋の日」を国技館で行うことを発案するなどアイデアマンだった。

 

佐藤義則(さとう・よしのり)八段にとって師匠であり、年の離れた兄貴のような存在でもあった。

 

今は亡き師匠の在りし日を、佐藤八段が活写する。

 

*  *  *

 

いきなり九州へ

 

師匠との思い出はいろいろあるが、旅行好きの師匠とご一緒したときのことが印象に残っている。師匠と私は年齢が13歳離れている。弟子になった当初は大人と子供という感じで怖い印象を持ったが、すぐにやさしく接してくださった。棋士になってからは、年の離れた兄貴のようにお酒や旅行をご一緒した。明るく、いつも笑っていて、人をひきつける話術の持ち主だった。

 

最初の思い出は、棋士会が早く終わって2人になったときのこと。当時はまだ昼間から酒を飲むというふうではなかった。といって、お茶を飲んで時間をつぶすのは、師匠は好きではない。これからどこかに行って、夕方に酒を飲むのがちょうどいいという話になった。「君の日程はどうなっているのか?」と師匠に尋ねられた。私の対局は4、5日先だった。「これから九州に行くのはどうかね」。師匠は長崎県の大村で講演する予定になっていた。「行きますか」と答えたものの、何の用意もしていない。師匠はタクシーで自宅に戻り、用意をして羽田空港へ。「君は向こうで下着を買えばいい」。そんな乱暴な旅行だった。

 

本当は対局の1日前に帰る予定だった。ところが向こうの空港でトラブルが起こり、飛行機が飛ばない。慌てて対局日の朝に着く夜行寝台で帰ることにした。途中で危ないと思い、静岡あたりで新幹線に乗り換えて何とか対局に間に合った。鮮烈な思い出として残っている。

 

また、師匠は海で泳ぐことが好きだった。あるとき、千葉県鵜原の加藤治郎名誉九段の別荘に師匠と遊びに行ったことがあった。加藤先生の弟子である真部君(一男九段)も一緒だった。海水浴に来ていた若い女の子と話していて、「これから、爺(じい)やがお弁当を持ってくるからね」。爺やとは、別荘の主の加藤先生のことである。真部君は「爺やはひどいですよ!」と憤慨していたのが懐かしい。

 

こんな調子で冗談を言っていたが、憎めない人柄だった。当時としては珍しく、テレビやラジオによく出演していたのを覚えている方も多いと思う。

 

土俵の上でタイトル戦

 

昭和50年11月17日は「第1回将棋の日」である。この将棋の日は国技館で行われたことが語り草になっているが、これは師匠の発案によるものである。国技館でやることを考えるのもすごいが、それを実行したのがすごい。しかも、羽澤ガーデンで行われていた中原—大山の第14期十段戦第2局を土俵の上に移動して何手か指すところを見せるというのが売り物だった。この将棋の日は公称で8000人の集客があったという。本当に実行力があったと思う。

 

また、昭和51年に行われた第1期棋王戦第1局はハワイ・ホノルルで行われ、将棋界初の海外対局だった。これも師匠が携わって、実現したものである。

 

昭和62年に師匠は51歳の若さで亡くなった。長生きの家系だと思うが、やはりお酒の飲みすぎがたたったのだろう。まだまだ教えてもらいたいことがあったのに残念である。

 

塾生のころ、師匠から「詰将棋を作れるかね」と言われたことがあった。週刊誌で連載している詰将棋が締め切り近くなってもできていなかったらしい。詰将棋を作ったことはなかったが、挑戦してみたら思いのほか、うまくいった。師匠も「これならいける」と使ってくださったのはうれしい思い出である。今でも詰将棋を月に20題ほど作っているように、大きなウエートを占めている。

 

私は今年、現役を引退した。15歳でこの世界に入って50年。おもしろい世界の中で過ごしてきたように思う。中原先生(誠十六世名人)や二上先生(達也九段)といったいい先輩にかわいがられたのも、師匠の存在があったからこそだと思っている。

 

■『NHK将棋講座』2014年9月号より

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