趣味

吉原由香里六段をブレイクスルーに導いたイチロー選手の言葉


2014.09.09

吉原由香里六段 撮影:小松士郎

6歳で囲碁を始め、父親の期待を一身に背負いながら「美少女棋士」として注目を集めた吉原由香里(よしはら・ゆかり)六段。高校に行きながら院生を続けるも、「絶対にプロになれる」という確信が持てず大学へ進学。そのうち碁に身が入らなくなり、院生をやめてしまう。

 

挫折、とは言えるのだろう。中学3年生のときからの夢を断念したのであるから…。

 

しかし、プロ棋士になるための道が、完全に閉ざされたわけではなかった。ここから吉原由香里による、真のサクセスストーリーが始まる。

 

*  *  *

 

背水の陣でプロ合格!

 

もう一度プロ試験に挑戦してみようと思った理由は、二つありました。

 

まずは、あれほど私が活躍することを楽しみにしていた父が、私が大学3年生のときに病気で亡くなったのです。その1か月ほど前に私はアマ本因坊戦の東京都大会で優勝したのですが、それがものすごく大きな記事になりまして、父はそれを亡くなる直前まで、一日に何回も眺めていました。

 

私にとって囲碁と父はセットでしたから、その父がいなくなったことで「私は本当のところ何がやりたいのか」を改めて考え直すようになったのです。

 

そうした期間中に、NHK杯の秒読み係とか衛星放送の司会のお仕事を頂き、一流棋士の先生方と直に接する機会をたくさん経験することができました。それで「ああ、やっぱりプロの世界っていいな。本当はこの世界に入りたかったんだよな」と思ったのが、もう一度プロ棋士を目指した第二の理由でした。

 

それからは、すべてが変わりました。かつて院生だったころは、自分で自分を認められるほどの努力をしていなかったことにも気付いたのです。神様がいるとして、その神様が私をプロにさせたくなるかと客観的に考えたときに「あ、この子はさせたくないな」と思うはずだと…。

 

だからその神様に認めてもらえるように、最大限の努力をしようと。院生を辞めるときに挨拶にも行かなかったという無礼を働いてしまった加藤正夫先生の所にも、また行き始めて…。そんな私を加藤先生はそっと受け入れてくださいました。背水の陣を敷いたのです。

 

大学4年生の12月だったので「結果が出なかったらどうしよう」という思いもありましたが、そこでなんとか合格できました。もう悩まなくていいし「この試験も受けなくていいんだ」とホッとしたことを覚えています。

 

タイトルまでの道

 

プロ入り後、昇段の面では割と順調だったと思っています。でも女流タイトル戦への出場などは夢のまた夢で、意識さえしていませんでした。それでも昇段していくうちに「あれ、タイトルに絡めないと思っているのは私だけなのかな?」ということに気付いてきまして、それからは少しずつタイトルを意識するようになりました。

 

するとプロ入り7年目に、女流最強戦で決勝に進出することができたのです。しかしタイトルを懸けた岡田結美子さん(現六段)との碁がもう本当に「穴があったら入りたい」というくらいひどい内容での負けでした。浮ついたような感じで、対局していても全く碁盤の中に入っていけないような感覚──あまりにひどかったので、しばらくは精神的にもボロボロになってしまいました。

 

この翌年、女流鶴聖戦でも決勝で大澤奈留美さん(現四段)に負かされ、やはり内容はパッとしませんでした。大一番での精神的な弱さに「こんな思いをするなら、決勝に出ないほうがいい」と自暴自棄になってしまったほどです。

 

その後の数年はタイトルに絡むこともありませんでしたが、2006年に正官庄杯という女流棋士の国際団体勝ち抜き戦がありまして、そのトップバッターとして出させてもらったところ、韓国の選手に勝つことができたのです。これがすごく自信になりました。

 

結果を出すことができた理由の一つかなと思うのが、テレビで観たイチロー選手のインタビューでした。「イチローさんはプレッシャーとかないのですか?」との質問に対し、イチローさんが「ありますよ。でもそのプレッシャーがある状態でいかに戦うかが大事なんです」と答えていまして、これが私の中でものすごいヒントになったのです。

 

それまで私は、緊張を「抑え込もう、抑え込もう」としていたのですね。でもそうではなくて「なってしまうものはしかたがない。でも今できることをしようよ」という意味なのだと私は捉えて、この正官庄杯のときはその思いで対局に臨んだのです。それで結果を出すことができたので「ああ、こういう気持ちで打てばいいのだな」と吹っ切れたものがありました。

 

するとその直後、女流棋聖戦で挑戦権を得ることができて、挑戦手合でも2勝1敗で万波佳奈さん(現四段)に勝つことができ初タイトル──もううれしくてうれしくて、半年くらいたってからようやく我に返って「あ、もう半年もしないうちに防衛戦がある」と気付いたくらいでした。

 

結局、3連覇することができたのですが、その間に一般棋戦でも、それまでは考えられなかった人たちに勝てたりしました。だからちょっと、自分の可能性を感じることができていた時間でしたね。私はいつも自信がなくて、駄目なのではないかと思っている時間のほうが長いのですが、この期間は「もっとやれる!」と思えていた時間でした。とっても貴重な体験だったと思っています。

 

■『NHK囲碁講座』2014年9月号より

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