趣味

藤原定家がとらえた恋愛の本質


2013.03.04

異性を愛するとき、実際に会うよりも想像するときのほうが、より強くその人を想えることがある。恋愛の本質をとらえた藤原定家の歌を例に、「かりん」編集委員の坂井修一氏が幻想的な表現を探る。

 

*  *  *

 

短歌を詠む主体は私たち一人一人の人間です。人間は現実を生きています。たとえば私は、20世紀の半ばごろ、日本と呼ばれるこの国に生まれ、21世紀の今もこの国の現実を生きています。

 

短歌を含むどんな文芸も、もっと広く芸術も、作者の現実から完全に離れて存在するものはありません。古代メソポタミアを歌うときも、1億年先の宇宙のどこかを歌うときも、そこには現代を生きる作者の現実が反映されています。

 

いっぽう、現実のできごとをそのまま歌うだけが短歌ではありません。短歌は、五・七・五・七・七の音数の約束を頭に入れておけば、あとは何をどう歌ってもよい文芸です。作者の口を出た言葉たちが、狭い現実の呪縛から解き放たれて飛翔し、心ある読者のところに舞い降りる。その繰り返しこそが、1300年の短歌の歴史だったのだといえましょう。

 

かきやりしその黒髪のすぢごとにうち臥すほどは面影ぞたつ

 

藤原定家『新古今和歌集』

 

そっとかき払ってやった女の黒髪。その黒髪の一筋一筋のありさまが、今ひとり寝の自分には目に浮かんでしまうことだ。

 

黒髪の一筋一筋が幻に見えてしまうというのは、いったいどういう状態でしょうか。髪は女性の中でも特に魅力的な部分ですが、その細部までも見えわたっている。当然、顔の造作や肌の色合い、抱き合ったときの体温なども蘇ってきていることでしょう。なんとも狂おしい恋の歌です。

 

異性を愛するということは、現実に会って話をし、抱き合うときよりも、会わないで思い出したり想像していたりするときのほうが、濃厚な気持ちを味わえるものです。「面影」は幻想にすぎないものですが、現実の女性よりもずっと心に沁みてくるでしょう。その意味で、恋愛の本質をよくとらえた作品といえるのではないでしょうか。

 

■『NHK短歌』2013年2月号より

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