趣味

内弟子6人をプロへ……大淵盛人九段の育成哲学


2014.08.17

第33 期新人王戦で優勝した内田七段の就位式。右から浩太郎三段、奥田三段、大淵九段、内田七段、堀本三段、田尻四段 写真提供:大淵盛人

名人戦リーグ入りの実績もある内田修平(うちだ・しゅうへい)七段を筆頭に、田尻悠人(たじり・ゆうと)四段、奥田あや三段、堀本満成(ほりもと・みつなり)三段、大淵浩太郎(おおぶち・こうたろう)三段(子息)、竹内康祐(たけうち・こうすけ)二段と、大淵盛人(おおぶち・もりと)九段がプロの世界に送り込んだ門下生は6人を数える。

 

彼らは修業時代、いずれも師匠の内弟子であった。つまり大淵九段は、彼ら全員を自宅に住まわせ、起居を共にしてプロ棋士へと育て上げたのである。

 

昭和の時代には木谷實九段の「木谷道場」に代表されるように、多くの実例があった内弟子制度だが、年号が平成に変わってからは、そのほとんどが姿を消している。そうした時代の流れにもかかわらず、内弟子を育て続けてきたエネルギーの源は何だったのか。

 

*  *  *

 

育成の道を志す

 

忍耐の連続だった修業時代の影響があるのかもしれませんが、私は常々「棋士として勝つことや精進することも大事だが、それ以上に人間として立派であることが大事だ」と思っていまして、それに伴って「人から尊敬される人材づくり」というものに興味を持っていました。

 

それに加え、世界一と言われていた日本の碁が、中国や韓国に押され始めていたことが、私の背中を後押ししました。「中国はあれだけ人間がいて、国を挙げてやっているのだから、もう勝てないよ」という声も出ていて、そのとおりだなとも思いました。しかしそれ以上に「このまま黙って見ているだけでいいのか」という思いが強くなってきたのです。

 

それで弟子をとりました。奥田あやです。

 

平成10年の秋のことでした。院生師範の代理という立場で院生研修に参加させていただいたことがあったのですが、その院生の中で、足が地についていると言いますか、しっかりと孤独に耐えられそうな雰囲気を持った、小さな女の子がいたのです。それで話をしたところ「師匠はいません」とのことだったので、数か月後に弟子として受け入れることになりました。

 

で、奥田が弟子第一号となったのですが、最初は通いの弟子でした。しかし院生手合でなかなか結果が出ず、私から見ても碁への取り組み方が少し甘いような感じがしました。それで1年ほどたったころに奥田本人と家族に対し「内弟子に入りませんか?」と話したところ、割とスムーズに話が進み、私の家で修業に励むことになったのです。

 

内弟子をとろうと決意した背景には、やっぱり自分がそれを経験し、その利点を知っていることが大きかったですね。私自身がそうでしたし、兄弟子や弟弟子が割と短期間でプロになっていることもありました。親元から通っていると、やはりどこかに甘えが残ります。その甘えを断ち切ってこそ、完全に碁へ集中できるのだとの考えがあったのです。

 

実際、奥田もそうでしたが、後に来た弟子たちも、最初は新しい環境への興味もあって、ワクワクした様子でやって来るんです。でもすぐにホームシックにかかり、部屋の隅で泣いていたりする…。それを見て私は「よしよし、どんどん泣け」と思うわけです。そうした苦しくつらい時期を経験することが碁の修業においては大事で、後々に必ず生きてきますから。

 

内弟子たちとの生活

 

内弟子をとるということになりますと、他人様の子を預かるわけですから、当然ながらいい加減なことはできません。ですから毎日が緊張したものに変わりましたし、同時に「もし失敗したらどうしよう…」という恐怖心との闘いでもありました。

 

私自身の中では「内弟子」という制度について考えることも多くなりました。プロ棋士とは江戸時代から400年の歴史があるわけで、先輩方がどういう気持ちで弟子を育ててこられたのか、先人たちに教えを乞いたい気持ちになったこともあります。結局、今になっても、はっきりとした答えは出ていないのですが…。

 

その後、奥田に続いて内弟子の数も増え、最も多かったときには7人の子を預かっていました。我が家は子供が5人いるので、私と妻を合わせると14人が一つの家で暮らしていたことになります。よく「奥さんが最も大変だったのでは」ということを言われますが、そのとおりだったと思います。私は碁について厳しく言うものですから、妻には碁以外の部分を見てもらうことになります。弟子たちはやはり子供ですから、自信をなくして落ち込んだりしますので、そういうときに妻がフォローしてくれ──私の言わんとするところを含めて、その子の内面を和らげてくれていました。

 

妻は大枝(雄介九段・故人)先生のところで修業していた妹弟子でもありましたので、碁界のことはよく知っているわけです。ですから結婚するときに「いずれ将来、弟子をとりたいのだが…」と相談し、オーケーの返事をいただいておりました。妻は沖縄出身で人情に厚いところもありますので、私の行き届かぬところを懸命にサポートしてくれました。

 

また息子の浩太郎については、自分の子供としてではなく、弟子として接しました。院生研修などでもそのように接していましたが、他の院生師範から「大淵さん、自分の息子を叱り過ぎだよ」と言われたこともありましたね。実際、私が院生師範を辞めたら、浩太郎は伸び伸びとし始めたそうです。

 

この浩太郎を含めて、結局6人をプロとして送り出すことができたのですが、自分なりに真剣に取り組んだ結果ですから、この6人という数字が多いのか少ないのかについては、正直なところ自分では何とも言えません。

 

ちなみに大枝先生は18人をプロ入りさせているので、その点では全く及ばないのですが、奥田や(内田)修平たちが「内弟子を経験していなかったらプロにはなれていなかった」と言ってくれているようなので、その点は本当にうれしく思っています。

 

とはいえ、奥田や修平たちの碁に対する情熱を見ていると、たとえ私の元にいなくてもプロにはなれていたと思います。ただ、内弟子生活を送っていなかったら、入段までにもう少し時間がかかったと思います。やはり親元を離れて「やり直しがきかない」と追い詰められた状態で修業したことが、早い年齢での入段につながったことは間違いないでしょう。彼らは例外なく、覚悟を持って碁に臨んでいましたから…。

 

■『NHK囲碁講座』2014年8月号より

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