趣味

郷田真隆NHK杯の記憶に残る、大友昇九段の「将棋の筋をかみしめる手つき」


2014.07.26

大友昇九段(左)と、郷田真隆NHK杯。写真:河井邦彦・日本将棋連盟

将棋好きの父の影響で、3歳のころには将棋を知っていたという郷田真隆(ごうだ・まさたか)NHK杯。小学3年生のときに訪れた将棋道場で師匠・大友昇(おおとも・のぼる)九段と出会い、ますます将棋にのめりこんで行った。40歳という若さで現役を引退し、弟子の育成に力を注いでいた大友九段の思い出を、郷田NHK杯が語る。

 

*  *  *

 

将棋の筋をかみしめる手つき

 

初めて師匠に会ったとき、母によれば師匠との対局で面白い出来事があったらしい。師匠が自分の持ち駒を手でほとんど握ってしまって、私に見せないようにするのだ。そう言えば師匠はよくそんなイタズラを、他の少年たちやお客さんたちにもしていた。9×9の盤上であるが、10筋に玉を逃げてみたり…。煙に巻く、と言うが何となくその言葉がピッタリくる。一本気で気難しい面もあったが、反面、人懐っこく茶目っ気たっぷりで、それは、師匠流のユーモアであった。

 

それに対する私の答えは、「おじさんズルいよ!」(母談)。

 

師匠は毎日道場に居て、お客さんたちと本当によく将棋を指していた。ビールを片手に、ということもあったような気もするが、まあ指していたことに違いはない(笑)。私たち子供の相手や、アマ強豪クラスの方も、師匠に稽古を付けてもらいによく道場に来られていた。師匠から見れば、将棋を指す限り、年配の方であっても皆子供のようなものだ。しかし、師匠が嫌々に将棋を指している風情といったものは、私は見たことがない。大先輩たちはとくにそういう傾向が強いように感じるが、師匠もまた、将棋が大好きであったのだ。そうしてたくさんの方と将棋を指し、アマチュアの方の中にも師匠の弟子と呼べるような方がいらしたと思う。同じプロ棋士として、そのことには、改めて敬意を感じる。

 

師匠は本気モードで指導をしているとき、じっくりと考え、また、将棋の筋というものをかみしめるような手つきで、何度もその感触を確かめるようにして指していた。筋というものを非常に重んじていた。私は師匠の現役時代の将棋はそれほど多くは見ていない。定跡を踏襲せず、乱戦派であったことは知っているが、根底には本格派の血が流れていたと思う。升田先生の将棋に傾倒していたことも、あるとき師匠本人から聞いた。それもうなずけるものがある。

 

師匠格の兄弟子 森雞二九段

 

話が少しそれてしまうが、引退して何年もたってから、師匠が現役復帰を望むことを公に口にするということがあった。早くに引退を決めた経緯については師匠から少し聞いたこともあるが、本当のところは私には分からない。ただ、通るはずもない現役復帰への願い、そして、師匠のあのかみしめるような手つきを想(おも)うとき、弟子としてではなく、棋士仲間として、少し胸の痛む思いがする。

 

私が奨励会の試験を受けることになったとき、師匠は本当は森雞二(もり・けいじ)九段に私の師匠になってほしかったと言っていた。森九段は、師匠にとっては初めてプロ棋士になった記念すべき一番弟子。年齢的にも私と師匠では年が離れすぎていて、森九段の弟子のほうがしっくりくる感じはある。今では森門下として島井咲緒里さん、里見香奈さんの二人が育っているが、当時の森九段は弟子を取らない主義であったのだ。

 

先日、お会いする機会があったので少しお話を伺ったところ、森九段にも兄弟子と呼べる方が二人いたそうだ。お二方とも奨励会にやはり入っておられて、天才肌の筋の良い将棋。森九段ご自身はと言うと、師匠に見込みがないからと、何度も弟子入りを断られたらしい。しかし、師範として時々師匠がやって来る将棋道場に足繁く通い、一年だけどうしてもやらせてください、と押し切り、その後、師匠の想定をはるかに超えていかれたことはご承知のとおりです。師匠にはプロになってからやっと将棋を指していただけるようになった、とのこと。

 

修業時代を語る森九段の口調には、静かな中に強い熱が籠もっていた。

 

私が棋士になったとき、森先生は私にスーツを新調してくださった。話せば明るく気さくな先生で、何も心配はないのだが、兄弟子といっても本来は師匠格。最初にお会いしたときから既に一流棋士の仲間入りを果たされていた方だけに、今でもどこか少し怖くて、話すときは緊張もする。でも、これほど心強い兄弟子もいないだろう。

 

こうして師匠との出来事を回想していると、師匠の、イタズラがツボにはまったときの、あの子供のような笑顔が思い起こされる。現役時代、当時の棋士としては珍しく車を運転したり、私が出会ってからも、外出するときは帽子をかぶってちょっとした洒落者(しゃれもの)の雰囲気があった。お酒が好きで、最後に師匠のお相手をしたのは、恐らく森九段、田畑良太六段、師匠と私の4人で、小さな一門会のようなことをしたときだったと思う。寂しがり屋の師匠が、最後まで帰ろうとしなかった。

 

そのときの、やはり帽子をかぶった師匠の後ろ姿が、胸に残る。

 

■『NHK将棋講座』2014年7月号より

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