趣味

弟子から師匠への本当の恩返しとは


2014.05.09

淡路仁茂九段(左)と久保利明九段(右)。撮影:河井邦彦

久保利明(くぼ・としあき)九段は4歳のときに淡路仁茂(あわじ・ひとしげ)九段に19枚落ちで指導対局を受けた。弟子入りしてからも「君は本当に将棋の才能がなかった」とよく言われたという。しかし、努力と師匠の教えで久保九段はプロになり、タイトルも獲得した。その感謝をどう表すべきなのか。師匠への本当の恩返しとはどのようなものであるべきなのか。久保九段は考える。

 

*  *  *

 

プロになった私は1局だけ師匠と公式戦で指したことがある。いわゆる師弟戦なのだが、一般的には弟子が師匠に勝つとその対局を見た師匠が「弟子も強くなったなぁ」と感慨深げになり、それを師匠への恩返しと言うもので、実際私も俗に言う恩返しは果たせた。しかし私はこれはもう昔のことなのかなと思う。やはり師匠だって勝負師、勝負に負けるというのはうれしいものではないと思う。実際私も弟子が2人いるが、プロになってこの2人と対戦が決まっても当然全力で勝ちに行くし、負けたら「強くなったな」という思いもあるだろうが、やはり悔しいという思いのほうが先にくるように思う。では師匠への恩返しという意味としては何になるのかと言うと、私は2つの意味があると考える。と言うと聞こえはいいのだが、これは青野照市九段の『勝負の視点』という著書に書かれていた。その中で「弟子が師匠に勝つことで師匠に対して恩返しを果たしたというのは少し違うのではないか」ということが書かれていた。

 

では本来の恩返しとは何かと言うと、「ただ1つ恩返しという言葉が使えるとしたら、師匠が到達し得なかった地位に自分が到達し、その晴れの席で、自分がここまで来れたのは全て師匠のおかげですと言うことだけだと思う」ということが書かれてあった。

 

私はなるほど、確かにそうだと思った。将棋界の師弟関係は、私も将棋は数多く教えてもらったが、無償で育ててもらったし、当然私も弟子との関係は無償である(ただ、師匠に教わったほど弟子に将棋を教えてあげられてはいないが…)。

 

で、私には幸運にもそのチャンスが回ってきた。タイトルを獲得し、大阪での就位式の席でスピーチをするときに先に書いたような話と師匠へのお礼を壇上からすることが出来たのだ。おっちょこちょいでさんざんご迷惑ばかりかけてきたので、少しばかりは恩返しが出来たのかなと思う。この文章を書きながら、またそういうスピーチをするために精進しなければという思いがますます強くなった。

 

2つ目の意味はと言うと、これは師匠から直接聞いた言葉で、「師匠への恩返しは、その弟子が弟子を取ってプロを誕生させることが本当の恩返しなんだ」とよく言われた。これは私にとって、阪田三吉名人・王将から始まる一門の系譜を自分で止めてはならないということだと思う。先の名著『勝負の視点』にも、「先輩から無償で受け継いだものは後輩に無償で返せ」が芹沢博文九段の口癖であったと書かれてあった。

 

確かこの話をよく師匠から聞くようになったのは30歳を越えたあたりからだったろうか。「そろそろいい年なんだからそういったことも考えなさい」ということだったのかなと思う。そちらでの師匠への恩返しはまだ当分先になりそうだが、2つ目の恩返しも実現出来たらなと願っている。

 

■『NHK将棋講座』2014年5月号より

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