趣味

「19枚落ち」からプロへ……久保利明九段の将棋道


2014.05.06

淡路仁茂九段(左)と久保利明九段(右)。撮影:河井邦彦

振り飛車の絶妙なさばきから「さばきのアーティスト」と呼ばれる久保利明(くぼ・としあき)九段。師匠である淡路仁茂(あわじ・ひとしげ)九段との師弟関係の原点は、久保九段が4歳のときに19枚落ちで淡路九段に将棋を教わったことだった。

 

*  *  *

 

祖父と父親が縁台で将棋を指していたのを見て覚えた4歳の私が、師匠の経営する将棋センターに通い出したのも同じく4歳のときであった。当時住んでいた実家の加古川市は、今では「棋士のまち加古川」というように市をあげて将棋に十分に力を注いでもらっているが、そのころはまだ将棋がそこまで定着はしていなかった。当然近くに将棋センターなどはなく、加古川から神戸(電車に乗って30分ぐらい)に毎週末に通うようになった。なぜ師匠の将棋センターに通うようになったかというと、これは後で父親に聞いた話なのだが、父親の友人がセンターに通っていたということもあり、その友人に紹介してもらったという訳だ。

 

初めて将棋センターに行ったときにもらった級は8級であった。ただし実力的に8級ということはなく、それより下の級がないから8級という感じだったと思う。

 

そのときに師匠に初めて将棋を教わった。これはいろいろなところに書かれているエピソードなのだが、19枚落ちで指導対局を受けた(要するに王様1枚)。当時プロ棋士という職業を知らない4歳の久保少年の目には、配置の見た目もあって「えっ、さすがに勝てそう」という感覚を持っていた。ただし対局が始まると当然のように私の駒が徐々に取られていき、あっけなく詰まされて、あっという間に敗戦に終わった。後に師匠にそのころの話を伺うと、7六の歩を取ったら師匠の勝ちで、7六の歩を守り切れれば私の勝ちという勝負だったみたいだ(笑)。

 

自分の記憶には負けた将棋の印象だけがインプットされている。7六の歩を取られ、8七の歩を取られ、玉を一度7六に引き8六に歩を打って、と金を作るという作業を淡々とされ、どんどん駒を取られて負けたことと、「世の中にこんなに強い人がいるんだ」という感情を持ったことをよく覚えている。そんなレベルだったので、普通は「もう少し強くなってからまたおいで」と言われてもおかしくないような棋力だった訳だ。

 

ただそんな私に毎回のように指導対局をしていただいた師匠には本当に頭が下がる思いである。そのときに7六の歩の守り方を教わってなければ、今の私は存在しなかったであろう(笑)。

 

これも師匠から直接聞いた話なのだが、「君は本当に将棋の才能がなかった」とよく言われた。確かにそうだろう、19枚落ちで勝てない私に才能があったはずもない。ただそのあとに「でも飽きずに延々と同じことが出来る才能はあった」とも言われた。当時、大人の人と会話するのが恥ずかしかった私は、負けたときは黙々と初形に戻し、もう一勝負という意思表示をしていた。その人に一度でも勝つまでは何度も同じように初形に戻していた。今思えば相手をしてくれている方が根負けあるいは面倒になって、少しは緩めてもらっていたのかもしれない。

 

これは私が講演をするときに必ず皆さんに話しているのだが、「才能なんかなくても、その道のプロになることが決して不可能ではないことは私が証明しているので、夢を諦めずに頑張ってほしい」ということをお伝えするようにしている。

 

■『NHK将棋講座』2014年5月号より

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