趣味

万葉の時代から現代に通じる「家族を思う気持ち」


2014.03.24

我が妻も絵に描(か)き取らむ暇(いつま)もが旅行く我(あれ)は見つつ偲(しの)はむ

物部古麻呂(もののべのこまろ)『万葉集』

 

「コスモス」・「棧橋」所属の歌人、松尾祥子(まつお・しょうこ)さんは、好きな古典としてこの一首を挙げる。家族を思う気持ちを詠った物部古麻呂と、自らの人生とを重ね合わせて解説していたたいだ。

 

*  *  *

 

夫の転勤について、宮崎から札幌まで十回近く引っ越したが、一度だけ夫が単身赴任したことがあった。当時、高校生と大学生であった娘たちは、授業で掲出歌を知ったのだろう。物部古麻呂の話をしながら、「今は携帯の写メがあるけど、携帯不携帯のお父さんには写真がいいね。昔の人も、妻のポートレートを自分で描いて肌身はなさず持ちたかったなんて凄くない?!」などと言いつつ、満開の桜の下で家族四人の写真を撮り、私の写真や、夫と娘二人の写真などをアレンジして、夫の引っ越し荷物にそっと入れた。夫は子煩悩で家族思いであったから、娘たちはそれが何よりの父への餞(はなむけ)と思ったのであろう。

 

掲出歌は、遠江の農民である物部古麻呂が、防人(さきもり)として筑紫に派遣される時に詠んだ歌である。「妻を絵に描き写すだけの暇があったらなあ。旅行く我は、その絵を見ながら妻を偲べるのに。」という意味であるが、古代の人も絵をよすがにしていたとは驚きである。

 

夫の単身赴任が終わり、再び家族四人の生活に戻ったのもつかの間、就職した娘たちが家を出た。結婚28年目にして、新婚時代とは違う二人暮らしが始まった。まだ結婚前の娘たちを少し離れて見守りつつ、夫婦助け合ってゆっくりゆっくり歳を重ねていこうと話していた矢先、11月5日に夫が急逝した。庭仕事をしていて倒れたらしく、私が見つけて救急車を呼んだが、そのまま帰らぬ人となった。56歳であった。

 

「病める時も健やかなる時も……」と交わした誓いが最近は、「禿げになってもお腹が出ても……」に変わったが、夫の髪はまだちゃんと残っていて、触ると生前のままごわごわしていた。足の裏がすべすべだった夫は、亡骸になってもつるつるしていて、くすぐっても笑わないのが悲しかった。寝顔が安らかで、頰をさするとすーっと目があきそうで、娘が頰をすり寄せて何度も呼び掛けたが、返事はとうとう聞こえなかった。霜月の三途の川は寒いだろうと、婚約時代に私の編んだ青いベストとグレーのセーター、娘たちがプレゼントしたシャツとジャケットを纏って、夫は旅立った。

 

「お父さんは天国に単身赴任するんだね。寂しくないように写真をいれてあげなきゃ。今のお母さんも、若い時のお母さんも、銀婚式のもね。」と娘たちはベストショットを探して柩に入れた。古代東国の農民と平成を生きる私たちと、思いは一緒なのだろう。夫は今頃、物部古麻呂と、妻を思う気持ちなど語っているだろうか。

 

■『NHK短歌』2014年3月号より

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