趣味

飯塚祐紀七段、松下力九段が教えてくれた棋士としての覚悟


2013.11.30

松下力九段(左)と飯塚祐紀七段(右) 写真:日本将棋連盟・河井邦彦

小学4年生だった飯塚祐紀(いいづか・ひろき)七段が、将棋連盟主催の将棋教室に足を運んだときに指導に当たっていた棋士が松下力(まつした・つとむ)九段だった。2人の年の差は50歳以上。まるで祖父と孫のようだった。松下九段の指導法は「とにかく笑顔でほめまくる」。飯塚七段も教え上手として鳴らした松下九段にならい、子ども教室を始めて後進の指導に邁進している。87年に死去した松下九段の将棋指しとしての素顔と、指導する立場になって去来する師弟関係というものについての思いを飯塚七段が綴る。

 

*  *  *

 

将棋指しの熱い勝負魂

 

松下はいつも好々爺(こうこうや)としたたたずまいで少年たちに囲まれ、冗談を飛ばしていました。トーナメントプロの厳しい一面は見せないように、気をつけていたのだと思います。とはいえ一度だけ、ふだんの朗らかな雰囲気とは違い、重く沈んでいる空気を漂わせていたことがあります。周囲のおじさんたちの話によれば、なんでも順位戦で「谷川さん」というまだ10代の俊英に負けたのだとか。将棋指しとしての隠しきれない本分とでも言いましょうか、熱い勝負魂をかいま見た場面でした。

 

私が奨励会に入会したのは通い始めて3年半後、中学1年生のときです。前後して松下は体調を崩しました。入院され、お会いする機会がめっきりと減り、その5年後に74歳で亡くなりました。一言で師弟といっても、名義だけの関係から親子も同然といった形まで、つきあいの濃淡は本当にさまざまですが、教室の先生と生徒の関係のみというのもかなり珍しいのではないかと思います。

 

奨励会入会が幸せかわからないよ

 

あらためて松下の棋歴を振り返りますと、第1期から順位戦に参加して、升田幸三、大山康晴といった新進気鋭と、ともにしのぎを削っています。A級に在籍し、棋戦優勝3回の実績が光ります。大先輩から往時の逸話なども漏れ聞く機会もございますし、人となりを語るのにふさわしい方は多くいらっしゃるかと思います。ただ、現役の弟子は現在私のみ。松下のことを全く知らない後輩も多くなりました。名棋士松下力の晩年を述懐するのも末弟子の務めでありましょう。いささかでも供養になればと存じます。プロとしての心構えを拝聴する時間が残されていなかったのは残念なことです。

 

ひとつよく覚えているのは、奨励会試験合格の挨拶にうかがった折、

「奨励会入会が君にとっての幸せかどうかはわからないよ」とお言葉をいただきました。冗談好きな松下のことですから、合格に舞い上がっている新弟子をからかってみたくなったのかなと思いました。ですが、そのときは理解できなくても後になれば、ありがたみが身にしみるという話が多かったように思います。

 

私も松下の半分ほどの芸歴になり、対局を積み重ねる厳しさも半分ほどわかるようになりました。将棋を生業(なりわい)とする、その覚悟のほどを遠回しに伝えたかったのだと、今はそう思っています。

 

短い期間とはいえ、将棋の世界への最初の導きを与えていただいたことに感謝しています。その影響といいましょうか、私もご恩返しのつもりで子ども教室を始めて、6年半になります。奨励会を目指す子もそろそろ出始め、あらためて師弟関係を考える機会が増えました。松下が伝えようとした将棋への熱い想(おも)いを、後の世代に手渡すことができれば、と思案しております。

 

■『NHK将棋講座』2013年11月号より

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