趣味

文学作品としての『おくのほそ道』


2013.10.16

東京・深川の芭蕉庵があったとされる場所は、いまは芭蕉稲荷神社となっている。境内には大小の蛙の置物が見られる

 

『おくのほそ道』といえば、一般には芭蕉による紀行文だと考えられている。しかし、この作品は単なる旅行記ではなく文学作品だ、と語るのは、俳人の長谷川櫂(はせがわ・かい)氏だ。長谷川氏に『おくのほそ道』の文学性を聞いた。

 

*  *  *

 

2011年春、東日本大震災が起こり、東北地方の太平洋岸一帯を大地震と大津波が襲いました。時をさかのぼると、今から三百年前の夏、この被災地に沿って芭蕉は曾良(そら)と二人、旅をしました。それが『おくのほそ道』です。

 

『おくのほそ道』は芭蕉がみちのくを旅した紀行文であると考えられています。紀行文とはいつどこを旅し、何をしたかを記した旅の記録、旅行記のことです。しかしながら、この本は厳密な意味での旅行記ではありません。

 

というのは、『おくのほそ道』は周到に構成され、文章を練って書かれた文学であるからです。芭蕉がこの旅をしたのは元禄二年(1689年)、46歳のときですが、5年後、51歳で死ぬまで筆を入れつづけました。なぜかというと、芭蕉はこの本を単なる旅の記録としてではなく、確固とした文学として書こうとしたからです。

 

たしかに旅の行程はじっさい芭蕉と曾良が旅をした道順にそっています。しかし、旅の細部は芭蕉の手で随所に取捨が加えられ、旅の全体は大胆に再構成されています。さらに越後の市振(いちぶり)での遊女との出会いのように芭蕉が創作した話も加えられています。

 

その結果、『おくのほそ道』は実と虚の入り交じった物語になりました。しかしながら、すぐれた文学作品がみなそうであるように、『おくのほそ道』も虚実相半ばすることによって、芭蕉の宇宙観や人生観を反映した世界的な文学作品になりました。もし単なる旅行記だったならば、この本がその後、得たような評価を得ることはなかったでしょう。

 

読者はここに書かれていることが芭蕉と曾良の二人がじっさい旅で体験したことだろうと思って読んでゆくわけですが、必ずしもそうではない。ほんとうにあったことだろうと思っていると、いつのまにか芭蕉の夢想の世界で遊んでいることになる。つまり、みごとにだまされる。『おくのほそ道』を読むとき、まず大事なことは、この本に書かれていることはじっさいの旅とはちがうということをわきまえてかかることです。

 

■『NHK 100分de名著』2013年10月号より

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