健康

命にかかわるおそれも……子どものスポーツ頭部外傷を防ごう


2014.12.13

スポーツ中に起こる頭部外傷で最も多いのが「脳しんとう」だが、命に関わる場合もあることはあまり知られていない。スポーツ中の子どもの安全管理のためには、指導者をはじめとして多くの人の意識改革が必要だ。日本脳神経外傷学会 理事の川又達朗(かわまた・たつろう)さんに、スポーツ時に負う頭部外傷の危険性と、事故を防止するための方策をうかがった。

*  *  *

命に関わるおそれのあるスポーツ時の頭部外傷

2014年5月、子どものスポーツ頭部外傷に関わる裁判で判決が確定した。この裁判では、2008年に長野県松本市の柔道教室で、当時の指導者が小学生に投げ技をかけ、脳に重い障害が残るけがをさせたとして有罪判決が下された。

■頭に加わった衝撃で脳に損傷が及ぶ
「スポーツ頭部外傷」とは、頭に傷を負って出血するようなけがのことではなく、スポーツ中に頭に衝撃が加わり、脳に損傷が及ぶけがのことだ。

2009年度の「スポーツ頭部外傷のアンケート調査」の回答では、2009年度の1年間に、スポーツ頭部外傷が原因で入院した患者さんは422人いた。ただし、この422人という数字は、アンケート調査に回答した医療機関の入院者数を合計したものであり、実際の数ははるかに多いと考えられている。

原因で最も多かったのが「脳しんとう」で、それ以外にも「外傷性くも膜下出血」「脳挫傷(ざしょう)」「急性硬膜下(こうまくか)血腫」などが入院の原因として報告されている。

また、入院した422人中、特に多かったのが中学生と高校生だ。その理由として、競技人口が多いことや、競技中に激しく接触したときに、十分耐えられるだけの基礎体力がまだないことなどが指摘されている。

スポーツ頭部外傷は、柔道、ラグビー、アメリカンフットボール、サッカーなど、選手どうしの激しい接触を伴う競技で多く起こっている。そして、重大事故は、柔道、野球、スノーボード(転倒してゲレンデに頭部を強打することによる。特に未習熟者に多い)などに多く、少数だが死亡例も報告されている。

■防止のための緊急提言が発表された
この中でも、柔道は、2012年4月から中学生の保健体育で武道が必修となったのに伴い、授業に取り入れられている。子どもたちを頭部外傷の危険から守ることが重要な課題だが、まだ実態の把握を進めている段階であり、事故を防ぐための対策は十分とはいえない。

そうした事態を重く見た「日本脳神経外傷学会」と「日本脳神経外科学会」は、スポーツ頭部外傷を防ぐ対策の必要性を痛感し、とりわけスポーツ指導者と選手を診察する医師の正しい理解が必要として提言を行った。

それが、2013年12月に発表された「スポーツによる脳損傷を予防するための提言」である。

脳しんとうの繰り返しで、「セカンドインパクト症候群」へ

■脳しんとうの理解を改める必要がある
提言の最大のポイントは、スポーツ外傷の中で最も発生頻度の高い脳しんとうを正しく理解させることにある。

脳しんとうは、スポーツ中などに頭を打った衝撃によって起こる。脳しんとうを発症すると、一時的に記憶を失ったり、頭痛が起こったりする。まれに、一時的に意識を失うこともある。

一般に、脳しんとうは、すぐ回復する軽いものと理解されているが、スポーツで起こるものに関していえば大きな間違いだ。スポーツ中に起こる脳しんとうの場合、繰り返し起こしてしまうことがあり、それが重大な障害につながる可能性があるからだ。時には、命に関わることもある。

脳しんとうは、1回起こしただけで命に関わることはまずないが、2回目以降は大出血の危険性がある。頭蓋骨(ずがいこつ)の内側には、大きな静脈がくっついており、そこから「架橋静脈(かきょうじょうみゃく)」という脳の表面の血管が枝分かれしている。頭に衝撃を受けると頭蓋骨の中で脳がずれて、架橋静脈が引っ張られて傷つき、小さな出血を起こす場合がある。この状態で再度頭に衝撃を受けると、架橋静脈から大出血して、急性硬膜下血腫を起こしやすい。

急性硬膜下血腫は、脳と脳を覆っている「硬膜」の間に血液がたまるけがだ。急性硬膜下血腫を起こすと、血液が脳を圧迫するため死に至ったり、重い後遺症が残ったりすることがある。

1回目の脳しんとうから数日〜数週間以内に、2回目の衝撃を受けて急性硬膜下血腫などの重い頭部外傷を起こすことを、「セカンドインパクト症候群」と呼んでいる。

■さまざまなスポーツで事故例がある
セカンドインパクト症候群の死亡率は30〜50%と非常に高く、助かっても後遺症を残すことが多い。柔道で半身不随になった例や、アメリカンフットボールの選手が緊急の開頭手術を受け、幸いにも後遺症もなく回復した例など、さまざまな事例が報告されている。

急性硬膜下血腫を起こした選手の半数以上が、発症する前から頭痛を訴えており、事前に脳しんとうを起こしていたと推測されるとの報告もある。

事故を防ぐ鍵は、指導者と医師の正しい理解

■指導者は軽視する傾向がある
脳しんとうは、すぐ回復することが多いので、一般にスポーツの指導者は軽視する傾向が強い。セカンドインパクト症候群に至っては、全く知らない指導者も少なくない。そのため、脳しんとうを起こしても意識が回復すれば、その日のうちに試合や練習に参加させることも多かった。今回の提言ではそれを改め、脳しんとうを起こした同じ日に、再び試合や練習に復帰するのを明確に禁止している。

■医師の十分な理解も必要
スポーツによる脳しんとうの危険性に対する医師側の理解も、十分浸透しているとはいえない。脳しんとうを起こした選手が、スポーツ頭部外傷に精通していない医師の判断で復帰して、重い急性硬膜下血腫を発症した例もある。そのため、脳神経外科医に対する「ガイドライン」の作成が求められており、今回の提言がその第一歩と位置づけられている。

■診断リストを基に見極める
スポーツ中の子どもの安全を守るためには、脳しんとうかどうかを見極める必要がある。現場での判断には、国際的に使われている診断リストが有効だ。

診断リストでは、「自覚症状」「記憶の異常」「バランステスト」によって評価する。自覚症状では、意識消失、痙攣(けいれん)、頭痛、頭部圧迫感、吐き気、嘔吐(おうと)、めまい、ふらつき、混乱などを調べる。記憶の異常では、「今日の試合会場はどこか?」「今は(試合の)前半か、後半か?」といった質問に答えられるか否かを確認する。バランステストでは、足を前後にそろえて立ち、目を閉じた姿勢を20秒間保持させる。途中で目を開けたり、よろけたりしないか、開始の姿勢を5秒以上保てるか、などをチェックする。1つでも異常がある場合は、脳しんとうを疑って直ちに競技への参加をやめさせ、脳神経外科医の診察を受けさせる。

■復帰は症状が完全になくなってから
スポーツへの復帰は、脳しんとうの症状が完全になくなってから徐々に行っていく。症状が完全になくなったかどうかは、診断リストで確認する。診断リストの症状や身体所見がすべて正常であれば、脳しんとうの症状が完全になくなったと考えてよいだろう。

復帰した場合も、いきなり全力で練習させないよう注意が必要だ。復帰直後はごく軽い練習から始めて、数日かけて少しずつ練習の強度を上げていく。試合に復帰するためには、最低でも1週間の練習期間が必要で、症状がぶり返した場合は脳神経外科を受診させる。

医療機関で脳損傷や硬膜下血腫があると診断された場合は、原則として試合にも練習にも復帰するべきではない。硬膜下血腫の発生・再発リスクが高く、より大きな出血を起こす危険があるからだ。

スポーツの現場では、頭部外傷を正しく理解している指導者は、まだ少ない。子どもをスポーツ中の頭部外傷から守るためには、スポーツの指導者や、選手を診る医師の早急な意識改革が必要だろう。

身近で危険な頭部外傷を起こさないために

■頭部外傷が起きやすい状況を知る
子どものスポーツによる頭部外傷が発生しやすいのは、特に合宿中や、疲れているとき、頭痛があるときなどだ。また、下級生や初心者に起こりやすい。

頭部外傷が疲れているときに起こりやすいのは、疲労で集中力と反応スピードが低下し、頭がふらふらしやすいためだ。そのような状態のときに頭をぶつけると、頭蓋骨の中で脳がずれやすく、架橋静脈が障害されやすい。

下級生や初心者に多いのは、基礎体力が不足していたり、技術が未熟である場合に、頭部外傷が起こりやすいためだ。それに加えて、日本では、今でも下級生に厳しくして気合いを入れさせるなどの精神主義が残っている。それが頭部外傷を増やす一因になっているかもしれない。

身近で、スポーツによる頭部外傷が起こるのを防ぐためには、このような頭部外傷が発生しやすい状況に十分注意することが重要だ。

■『NHKきょうの健康』2014年10月号より

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