教養

老子に見える“権謀術数”のススメ


2013.08.27

「道」や「無為自然」などから、老子思想に清廉潔白な印象を持つ人も多いだろう。しかし、老子は施政者に権謀術数を勧める。これが老子の奥深さだ。東京大学名誉教授の蜂屋邦夫(はちや・くにお)氏が解説する。

 

*  *  *

 

老子は個人だけではなく、国の統治者に対しても、常に無為の姿勢でいるべきだ、と説いています。第二十九章にはこうあります。

 

 

天下は神器(しんき)なり、為す可(べ)からざるなり。為す者は之を敗(や)ぶり、執(と)る者は之を失う。

 

(天下というものは神聖な器(うつわ)であり、ことさらなことをして何とかなるものではない。ことさらなことをすると壊してしまうし、捕らえようとすると失ってしまう。)

 

人民に対して作為的な政治を行なうと人心を失うから、統治者はなにもしないでいるほうがよい、といっているのですが、これは民衆のすべてが赤ん坊のように純粋で素朴であることを前提にした理論です。老子が考えた理想社会は、現実離れしたユートピアにも見えてしまいますが、「知識は増やさないほうがいい」という言葉とあわせ読むと、なにやら「愚民政策」を推奨しているようにも見てとれます。愚民政策とは、人民の関心を政治に向かわせないように、意図的に民衆を愚民化させる政策のことです。「無為自然」を説きながら、一方で老子思想には、そうした企みが垣間見られます。

 

たとえば第三章にはこうあります。

 

賢(けん)を尚(たつと)ばざらば、民(たみ)をして争わざら使(し)む。得難きの貨(か)を貴(たっと)ばざらば、民をして盗(とう)を為さざら使む。欲す可(べ)きを見(しめ)さざらば、心をして乱れざら使む。

 

是(ここ)を以(もつ)て聖人の治(ち)は、其(そ)の心を虚しくして其の腹を実(み)たし、其の志を弱くして其の骨を強くし、常に民をして無知無欲なら使め、夫(か)の知者をして敢(あえ)て為さざら使む。為す無きを為さば則(すなわち)治まらざること無し。

 

(人君が才能ある者を尊重しなければ、人民は争わないようになる。人君が珍しい財宝を尊重しなければ、人民は盗みをしないようになる。人君が多くの欲望を持たなければ、人民は乱れなくなる。そういうわけで聖人の政治は、心を単純にさせて腹をいっぱいにさせ、こころざしを弱めて筋骨を丈夫にさせ、いつでも人民を無知無欲の状態におき、あの賢(さか)しらな者には行動させないようにする。無為によって事を処理していけば、治まらないことはないのだ。)

 

この文章を読んで「老子は聖人のような清廉潔白な心の持ち主だと思っていたのに、ずいぶん印象が違うな」と、がっかりした人もいらっしゃることでしょう。

 

「君主は無為であれ」といっておきながら、一方で作為的なことをいっているのです。

 

「民衆をうまく治めるには、こう誘導すべきだ」というのは無為ではありません。そこには明らかな意図や作為が存在しますから、第三章は「君主は無為であれ」ではなく「民衆を治めるためには、無為のふりをしておけ」といっていることになります。実はこうした権謀術数を勧める野心的な記述が『老子』には散見するのです。

 

■『NHK 100分de名著』2013年8月号より

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