教養

「対話篇」を採用したプラトンの意図


2013.08.07

プラトンはソクラテスを主人公とする多くの「対話篇」を執筆した。

 

慶應義塾大学文学部教授の納富信留氏は、プラトンの対話篇について「ソクラテスの影響を受けた仲間たちに共通する『ソクラテス対話篇』という形式をとっていたが、たんなる文学スタイルという以上の深い意味が与えられています」と語る。

 

なぜプラトンは「対話篇」というスタイルを採用したのか。納富氏に聞いた。

 

*  *  *

 

私は、この著作スタイルは、「ソクラテスとは何者だったのか?」という謎に対するプラトンの応答だ、と考えています。

 

ソクラテスと同じくアテナイの市民だったプラトンは、若い頃から十年あまり彼の近くで過ごしました。ソクラテスはいつも街のあちこちで、たとえば、市場で人々が集うアゴラや、若者たちが身体の鍛錬をするギュムナシオンなどを訪れては、そこにいる人々と対話を始めます。近況を尋ねる挨拶や、時事的な話題から言葉を交わしながら、「正義とはなにか?」「勇気とはなにか?」といった本質的な問いを投げかけて相手の考えを聞き、いつのまにか生き方を吟味する哲学の対話に相手を巻き込んでいきます。

 

若く聡明なプラトン自身も、そうしてソクラテスから直接に問いかけを受けたり、それに答えようとして困惑に陥ったりした経験があったはずです。ですが、プラトンは、自分が書いた対話篇のどこにも自身がソクラテスと対話する場面を描いていません。そのため、この二人の対話がどのようなものだったのか、想像するのが難しく感じられます。

 

 

私は、プラトンはむしろさまざまなアテナイの名士たち、あるいは、外国から訪問した知識人たちが、ソクラテスと対話を交わしながら論駁されてしまう姿を、彼らを囲む聴衆の一人として見聞きしていたのではないか、と想像しています。

 

ソクラテスを取り巻いていた若者たちには、著名で自負心が強い名士たちがそのようにソクラテスによって負かされる姿を見て喝采したり、場合によっては、そういった論駁を自分たちで真似て人々の“ひんしゅく”を買ったりすることもあったようです。ですが、プラトンは、おそらくそのように他人がやりこめられて赤面したり怒ったりする姿に快感を抱くのではなく、あたかも自分自身がソクラテスによって問われ、答えられずに論駁されるかのように“恥ずかしく”感じていたのではないでしょうか。

 

「こうして人生の本質を問い、私たちを困惑に陥れるソクラテスとは一体何者なのだろう? 彼の問いに対して、どのように正しく答えられるのだろうか? 私は、本当はなにを知っているか?」

 

このような疑問を抱えながら、ソクラテスが日々従事している「哲学」について、プラトンは思いめぐらしていたのでしょう。そしてプラトンは、ソクラテスが突然裁判にかけられ、哲学者として堂々と弁明しながら、人々からさらに激しい憎しみをうけて死刑となる現場に立ち会います。

 

ソクラテスの死後、さらに半世紀を生き延びる中で、プラトンは彼が投げかけた問いを考えつづけ、対話篇として表現していったのでしょう。

 

■『NHK 100分de名著』2013年7月号より

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