教養

ハリネズミと狐 トルストイの多様性と一元性


2013.07.07

ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンは自身の著書『ハリネズミと狐』で、トルストイの超大作『戦争と平和』の歴史哲学を真っ向から論じた。

 

バーリンは、ダンテは“ハリネズミ”であり、シェイクスピアは“狐”だと分析した──では、トルストイは?

 

ロシア文学者で東京大学名誉教授の川端香男里(かわばた・かおり)氏に『ハリネズミと狐』で語られるトルストイの姿を聞いた。

 

*  *  *

 

『戦争と平和』を真っ向から論じた本は日本では数少ないですが、外国ではたくさんあります。あまたの文献の中で傑出しているのが、『戦争と平和』の歴史哲学を論じた、ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンの著書『ハリネズミと狐』でしょう。

 

バーリンは、人間類型を二つに分け、第一に、一つの基本的ヴィジョン・体系を中心にして、自分の作品を求心的に構築して行く「一元的」タイプを置きます。第二に、遠心的に拡散した「多様な」対象を、自分固有な心理的・生理的脈絡の中にとらえようとするタイプを置きました。

 

そしてギリシアの詩人アルキロコスの詩の断片「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を、バーリンは上記の二つのタイプにあてはめ、第一の部類をハリネズミ族、第二の部類を狐族と名付けました。

 

第一類の代表選手はダンテで、第二類の方はシェイクスピアです。

 

プラトン、ルクレティウス、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキイ、ニーチェ、イプセン、プルーストはハリネズミであり、ヘロドトス、アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、モリエール、ゲーテ、プーシキン、バルザック、ジョイスは狐です。

 

ロシア文学はバーリンによれば、プーシキンとドストエフスキイという二つの極の間で成り立っています。ところでトルストイはこの二つの部類のいずれに属しているといえるのでしょうか。バーリンの仮説では、トルストイは本来は狐族であるのに、自分はハリネズミ族であると信じていた、とされます。

 

トルストイほど世界の多様性ともろもろの状況の多面性を明確に把握していた作家はいません。しかもトルストイはこの多様な世界を普遍的に説明してくれる統一原理を終生求めて止みませんでした。狐とハリネズミの共存です。対象の多様性を明敏に知覚することのできたトルストイは、既存の統一的原理のまやかしに反発し、それをロシア化され単純化された合理的教説で破壊して行きました。このような破壊の背後には必ず、本物の統一的原理があるはずという「ハリネズミ」の信念がありました。

 

ですからトルストイの破壊・否定は、真理の探究と表裏一体だったのです。

 

■『NHK 100分de名著』2013年6月号より

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